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オレは電車の中、ドア付近でとりとめない思考をしながら揺られていた。視線の先、椅子席の真ん中あたりでつり革につかまった白い手がやけにはっきりと見えた。若い女性の手であろうしなやかさと肌理の細かさが感じられた。どんな顔の女性だろう。好奇心と少しのときめきをもって姿を見ようとしたが、通勤ピークの満員電車の中なので、その手しか見えない。オレは何気なく見ていたつもりが、いつの間にか目が離せなくなっている。今、恋人もいない独身男であるオレだから余計に惹きつけられてしまうのかもしれない。

この電車は下りの通勤帰りの電車だから少しずつ乗客が降りて、あの白い手の持主の姿が拝めるのだが、とそこまで考えてから、早々と人混みと一緒に降りて姿が見られないということも考えられることに気付いた。まして若い女性と勝手に思い込んでいるだけで、男かもしれないじゃないかと、自分を嗤いたい気持ちもある。

停車駅が近付いて来て電車のスピードが遅くなり、やがて停まった。まだ都心から離れていないので降りたのは数人で、それ以上の人が乗り込んできてさらに窮屈になった。あの白い手は変わらずに同じ場所でつり革と共にあったが、微妙に白い輝きが薄くなった気がする。

いくつかの駅を同じように過ぎて、だんだんと郊外になってきている。やがてカーブにさしかかり、電車内が大きく揺れた。オレは周りの人と共に身体が少し斜めになり、すぐに元に戻った。オレの視線は依然として白い手に向いたままだった。その白い手に違和感を感じ始めた。車内が揺れているのに、その手はつり革を強く掴んだ感じがしない。全く同じ形のままの白い手。まだ手しか見えないのだが、そもそも身体は無いのじゃないかという考えが湧いて来て、オレは身体全体が冷やっとしているのを感じた。