グランボルカ戦記 1 紅と蒼の姫
「そ、そんなことは断じてございません!」
「なら大丈夫でしょ。」
そう言ってジゼルはリンゴの山から一つ取ると、ドレスの裾で拭いて丸のまま口へ運んだ。
「うん。美味しい。これ、全部いただくわね。ああ、もちろんお金は払うから安心して。」
そう言って、先程男たちに向けていた表情とは比べ物にならない程優しい表情を浮かべると、集まっていた群衆に向かって口を開いた。
「皆、楽しい買い物の時間を邪魔してしまったわね。お詫びと言うわけではないけれど、皆でこの屋台のリンゴを分けて頂戴。もちろん代金は私持ち。リンゴの味もこの私が保証しますわ。」
ジゼルの言葉に、群衆はワっと沸いた。
「じゃあ、後はよろしく。」
「はい。かしこまりました。」
メイドにリンゴの分配を頼むと、ジゼルはまっすぐにリュリュ達三人の方へと歩いてきた。
「ひさしぶりね、リュリュ、それにオリガ。」
「はい、お久しぶりです、ジゼル様。」
「お久しぶりですジゼル姉様。・・・お手並み拝見致しました。お見事でした。」
「まあ、それほどでもあるけどね。なんていうのかしら、ほら、私って完璧じゃない。今日だって、たまたまあなたらしい子を見たって話をお城で聞いて探しに出てみたらこんな事件に遭遇しちゃって、しかもスパっと見事に収めちゃったりして。ああ、もう。出来る女な自分が憎いわ。」
得意満面で自分を抱きしめるような仕草をしながらそう語るジゼルは、とても先ほどの凛とした対応をしていた姫君と同一人物とは思えないほど印象がかけ離れた人物だった。
「そう・・・ですね。さすがでした。あれはジゼル姉様にしかできない見事な対応でした。」
リュリュは苦笑いを浮かべながらジゼルを褒める。
「ああん。もっと褒めて褒めて。もっとリュリュに褒められたいー。」
そう言ってジゼルはリュリュを抱きしめて頬ずりをする。
「やめ・・・やめてくだされジゼル姉様。」
「やめないわよぉ。もう、本当にリュリュって可愛いわぁ。ああん。お城に連れて帰る。連れて帰って一緒にお風呂に入って、一緒に寝るのっ。」
「ジ・・・ジゼ・・・」
「そうよ。一緒にお風呂入りましょお風呂。その小さな背中をあたしに洗わせ・・・」
最後まで言い終わらないうちに、スコーンと、いい音を立ててジゼルの頭をメイドが平手で打った。
「ジゼル様。リュリュ様が迷惑をされていますよ。」
「・・・あんた、リンゴ配り終わったの。」
「はい。あっという間に全てはけましたので。それと、これは請求書です。」
そう言ってメイドが差し出した紙を受け取ると、ジゼルは綺麗にたたんでドレスの胸元へ入れた。
「君は相変わらずだね。」
一連のやり取りを見ていたオリガが、笑いながらメイドに話しかける。
「まあ、ジゼルを止められるのは私しかいないからね。・・・おかえりなさい、オリガ。」
メイドはそう言って笑うが、ジゼルは不満そうに口をへの字に曲げて抗議する。
「ちょっとエド。天下の往来で主人を呼び捨てにしないで頂戴。あと、頭をポコポコ殴らないでって言っているでしょう。」
「だったら、少しは自分の性癖を隠す努力をしようよ。せっかく領民に人気があるのに、そんなのが本性だってバレたら人気がガタ落ちになっちゃうでしょ。」
エドと呼ばれたメイドは怯むことなくジゼルに言い返した。
「ええと、ジゼル姉様。そちらは?」
二人の関係を掴みかねたリュリュがジゼルに尋ねる。
「ああ、そうだったわね。リュリュは初めてだったっけ。この子はエド。私のメイド兼ボディガード。・・・それと、私の親友よ。ね、エド。」
「いえ、親友とか全然そんなことはないんですよ。信じないでくださいね、リュリュ様。」
少し照れくさそうに言ったジゼルの言葉を、真顔で否定して顔の前で手を振るエド。
「なんでよ!親友でしょ!」
「お気持ちは嬉しいんですけど、すみません。ただの仕事上の付き合いです。」
「酷過ぎる!」
「・・・と、まあこういう関係です。ジゼル姫のメイドをしておりますエステルと申します。エドとお呼び下さい。以後よろしくお願いいたします。リュリュ様。」
そう言って楽しそうに破顔するとスカートの裾を持ち上げてエドが頭を下げた。
「うむ。よろしくのう、エド。」
「それでリュリュ。そちらはどなた?」
エドの仕打ちから復活したジゼルがアリスを見ながらリュリュに尋ねる。
「ああ、そうでした。この者は旅芸人のアリスと言います。リュリュとオリガの窮地を救ってくれた恩人です。」
リュリュに紹介されると、アリスは黙って軽く頭を下げた。
「そう・・・旅芸人のアリス・・・ね。ふぅん・・・。」
「何か?」
何か言いたげなジゼルの視線にアリスが首を傾げる。
「いいえ、なんでもないわ。よろしくね、アリス。」
「はい。よろしくお願いします。ジゼル様。」
作品名:グランボルカ戦記 1 紅と蒼の姫 作家名:七ケ島 鏡一