グランボルカ戦記 1 紅と蒼の姫
4 戦勝パーティ
「こういうの苦手なんだよなぁ・・・。つか、俺似合わないし。」
「そんなことないよ。かっこいいよ、レオ君。」
慣れない正装と、アスコットタイに辟易しながらレオが言い、その横で爽やかなグリーンのドレスを着たソフィアが笑う。
今、二人は戦勝パーティの本会場へと向かって歩いていた。
本来であれば、レオはこの手のパーティはサボる質なのだが、今回は戦争を回避させた英雄ということで、直属の上司であるヘクトールから必ず出席するようにと厳命を受けていた。
「レオさん!」
「ん・・・と。誰だっけ?」
「あ・・・あの、コレ、受け取ってください。」
声をかけてきたメイドは手紙をレオに押し付けるようにして渡すと、踵を返して走り去ってしまった。
「んー・・・誰だっけか。」
「メイドのコレットちゃんだよ。・・・前はレオ君なんて全然眼中にないとか言っていたくせに。」
走り去るメイドを、ため息混じりに見ながらソフィアがつぶやく。
「って、ことはまた手柄に惹かれた子ってことか。結構好みのタイプだったんだけど。あー・・・どっかに手柄じゃなくて、俺自身の魅力に惹かれてくれる子は居ないものかね。」
レオのその言葉を聞いて、ソフィアは身を乗り出すようにして自分を指差す。
「ほらほら、すぐ横にいるよ。ほらほら。」
「却下。」
「即答!・・・酷いよレオ君。」
「お前の横にいると、俺がやたらと小さく見えるんだよ!俺は平均なのに、お前がでかいばっかりに。」
「でかいって・・・。」
「デカイだろ。昔は俺より小さかったくせにすくすく育ちやがって。かつて俺の愛した、小さくて守ってやりたくなるようなソフィアねーちゃんは十年前に死んだ!」
「そんな言い方しなくたっていいじゃない・・・。」
そんな他愛のない話をしているうちに、二人は戦勝パーティの会場である中庭へとたどり着いた。
中庭に出ると、大勢の男性が、二人の女性を取り囲んでいた。一人は前髪の揃った金髪の女性。もう一人は、前髪を斜めに下ろしている青みがかった黒髪の女性だ。
「んー・・・アリスちゃんとオリガちゃん。モテモテだねー。」
「え?あれオリガなのか?だって髪・・・」
「つけ毛だね。うんうん。これでオリガちゃんもきっと運命の人に出会えるよね。」
「・・・よし、俺が運命の人になろう。」
「ちょ、ちょ、ちょ。オリガちゃんわたしと身長変わらないよ。レオ君より身長高いよ。」
オリガの元へと歩いて行こうとするレオの腕を掴んでソフィアが抗議する。
「ソフィア。」
「うん?」
「俺、実は身長の高い女性が好きなんだ。」
「さっきと言ってることが違うよ!」
「ふむ・・・なにやらソフィアが騒いでおるな。」
「また、レオが何かしたんでしょう。」
そう言って真っ赤なドレスを着たリュリュの傍らで男装姿のアンジェリカが微笑む。
降伏から一週間。一度だけ簡単な検査と思想チェックを受けただけで、アンジェリカは制約なく自由に街や城の中を動き回れるようになった。その間、改めてソフィア達と話をする機会もあり、それがキッカケで彼女はソフィアやレオと親しくなっていた。
「レオの奴も懲りないのう。」
「まったくです。」
「まあ、あの二人はアレが持ち味だからね。」
「え、エーデルガルド様。」
いつの間にか現れたエドに、アンジェリカは恐縮したように居住まいを正した。
「様はやめてって。別に国があるわけじゃないしさ。わたしはただのエーデルガルドだよ。それにエーデルガルドって長いし、エドって呼んでもらえると嬉しいな。」
「そ・・・それはさすがに。」
「そっか・・・残念。ところでアンジェ、アレクを見かけなかった?」
「アレクシス様でしたら、先程、街のほうを見に行くとおっしゃっていましたが。」
「あ、そうか。今夜は街の方もお祭りになっているんだもんね。私もそっちを見に行けばよかったかな。この髪色に戻して正体がバレた途端、今まで話したこともないような人が話しかけてくるようになっちゃってさ、本当に困るよ。しかもあんまり面白くない話ばかりだし。」
「人の欲とは、そういうものですよ。それもひと通り終われば落ち着きますから、辛抱してください。」
「そういうものか・・・あーあ。早く終わらないかな。・・・・ところで、リュリュ。なんでそんな難しい顔しているの?」
「のう、アンジェよ。兄様は誰かを連れておったか?」
「いいえ。お一人でしたが。」
アンジェリカの返事を聞いて、リュリュがますます難しい顔になっていく。
「どうかされましたか?」
「兄様は致命的な方向音痴なのじゃよ。知っている場所ならばともかく、ろくに知らない場所では間違いなく迷うくらいのな」
「え・・・?それってまずいんじゃない?あと30分もしたらアリス達の表彰と、決起演説が始まっちゃうよ。そこでアンと一緒にアレクも演説するはずことになってるのに。」
「探しにゆくか・・・しかしリュリュもエドもそれにアンジェも壇上に上がる予定じゃしのう・・・入れ違いにでもなったらそれはそれで面倒じゃし・・・。」
「ま、まあでもアレクだって子どもじゃないんだし、きっと街の人に聞いて自分で戻ってくるって。」
「だと、良いんじゃがのう。」
「すみません、道を訪ねたいんですが。」
後ろから声を掛けられて振り返ったキャシーは声をかけてきた人物に驚いた。
「はい・・・あ。」
「君は確か、先週病院で・・・。」
「え、衛生兵のキャサリン・ブライトマンと申します!あ、アレクシス殿下におかれましては・・・」
姿勢を正し、大きな声で殿下などと言い出すキャシーの口をアレクシスが慌てて塞いだ。
「し、しーっ・・・こんなところで皇子だなんてバレたら面倒なことになるからさ。そのことは黙っていてもらえるかな?」
アレクシスの言葉に、キャシーはコクコクと頷き、それを見たアレクシスはホッと胸をなでおろしてキャシーの口から手を離した。
「実はね。城への道がわからなくなってしまったんだよ。よかったら連れていってほしいんだけど。」
「城・・・ですか?それならこの道をまっすぐですけど・・・。」
キャシーの指差す先に、城門を見つけて、アレクシスがバツが悪そうに顔を背ける。
「・・・・・・。」
「えっと・・・。」
「・・・知っていたとも。」
「そ、そうですよね。」
「それはそうと。確か君はアリスの隊だろう。叙勲対象者の君がどうしてこんな所に居るんだ?それにその格好、旅支度じゃないか。」
「・・・私、辞めることにしたんです。除隊願いも出しましたし、もう故郷の村に帰ろうかと。」
「辞める?どうして?アリスから、君は相当優秀な医療技術を持っていると聞いたぞ。そんな君が何故?」
「・・・私、自分が何もできない人間なんだって思い知ったんです。戦って仲間を守ることも、自分のことを守って傷ついた仲間を助けることもできない無力な人間なんだって、思い知ったんです。」
「・・・グレン大尉騎士の事か。」
「私は最初から最後まで、結局何もできませんでした。その場で彼に何かをしてあげることも、治療室に入った後、大隊長達の手伝いをすることも。何も・・・。」
作品名:グランボルカ戦記 1 紅と蒼の姫 作家名:七ケ島 鏡一