グランボルカ戦記 1 紅と蒼の姫
リュリュとアレクシスが治療室に着くと、ジゼルが数人の衛生兵に取り押さえられていた。
「離しなさいよ!離して・・・嫌ぁ・・グレン!」
リュリュはアレクシスと頷き合うとグレンの遺体の横に立って手をかざして何かを唱え始めた。
遅れて病室に入ってきたエドは取り乱すジゼルに近づくとジゼルの頬を叩いた。
その音と痛みに、ジゼルが冷静さを取り戻す。
「・・・落ち着いてジゼル。騒いだらグレンの傷にさわるから。」
「エド・・・だってグレンは・・・もう・・・。」
「なん・・だよ。泣くなよ、ジゼル。」
「グレン?あなた・・・意識が。」
一番聞きたかった最愛の人の声に、ジゼルがグレンのベッドへと視線を移すと、ベッドの上で、グレンが首だけ動かしてジゼルの方を見て少し苦しそうに笑っていた。
「姉様、5分です。それ以上はリュリュには無理です。時間がありません。早く側に。」
そう言いながら、リュリュがグレンの身体の上にかざしている掌からは、ほのかに赤色を帯びた光が放たれている。
「エド、僕らは外に出ていよう。他の皆もな。」
「うん・・・じゃあグレン私たちは外にでてるから、ジゼルのことお願いね。」
「ああ、すまねえな。エド・・・いや、エーデルガルド王女。・・・かな。」
「あ、ジゼルに聞いたんだね。まったく、ジゼルはおしゃべりなんだから・・・しかた・・・ないなあ。」
そう言って笑いながら、エドは溢れてくる涙を袖で拭った。
「じゃあ、私はもう行くから。ちゃんとジゼルに好きだって言ってあげなよ?」
「ああ。・・・みんなによろしく。あと、キャシーは気にしそうだから、気にすんなって言っておいてくれ。女の子を守って死ねるなんてのは、男にとっちゃロマンなんだからな。」
「そんなことジゼルの前でいうことじゃないでしょ。・・・じゃあね。グレン。」
エド達が病室を出ていったのを確認すると、グレンは枕元にすがりつくようにして泣いているジゼルを抱き寄せた。
「ジゼル。」
「・・・何?」
「ありがとうな。色々あったけど、俺はお前のお陰で幸せだったよ。」
「・・・。」
「最初は、『何だ、このいけ好かない生意気なお嬢様は。』・・・なんて思っていたんだけどな。人の縁ってのはわからねえよなあ。」
「あ、あたしだってアンタのことなんか、いけ好かないやつだと思ってたわよ。・・・でも、アンタだけが普通にあたしに接してくれた。それがすごく嬉しかった。・・・グレン、今までちゃんと言ったことなかったけど、あたし、貴方が好き。大好き。」
「ああ。俺もだ。俺もお前のことが好きだ。・・・なんだかなあ。最後の最後。こんな場面で言わなきゃいけなくなるなんて、思っても見なかったんだが。・・・そういえば、知っているかジゼル。遠い遠い小さな島国の風習なんだが、カタミワケってのがあるらしい。」
「何・・・それ。」
「死んだ人の持っていた品をその人の遺志と思い出を引き継ぐために、もらうんだそうだ。」
グレンはそう言って、弱々しく首元に手を持って行くと、首にかかっている指輪をジゼルに見せた。
「この指輪さ、俺が死んだらもらってくれないか?価値はよくわからないけど、一応、うちの家に代々伝わる指輪なんだ。俺だと思って、大事にしてもらえると嬉しいんだけど。」
「嫌よ。」
「お前な、こういう時くらいは・・・」
「でも・・・アンタがあたしの指に嵌めてくれるなら貰ってあげる。」
そう言ってそっぽを向きながら手を出すジゼルを見て、グレンは苦笑を浮かべながら、自分の首から指輪のかかっている鎖を外して指輪をジゼルの指にはめる。
その指輪は燃えるように真っ赤な色をしたルビーの指輪だった。
「うん。似合うな。ジゼルがわがままでよかったよ。おかげで、その指輪をつけているジゼルが見られた。」
「わ、わがままって何よ!」
「怒るなよ。・・・俺は、お前のわがままな所が好きだ。誇り高いところも、優しいところも。全部好きだった。最後に好きになったのが、お前でよかった。最後に好きになってくれたのがお前でよかった。」
「な・・・なんでこれで最後みたいなこと言うのよ。やめてよ・・・私まだ話し足りない。まだまだ伝えたいことがいっぱいあるのに・・・やめてよ。グレン。」
「姉様!・・・これが、本当に最後です。」
リュリュに言われて、ジゼルは涙を拭うと、グレンの手を取った。
「・・・グレン、あたしもね、あなたの図々しい所が大好き。普段憎まれ口ばかり叩いていても、本当は誰よりも仲間想いな所とか、傷ついているくせに傷ついていないって強がるところとか。みんなみんな大好き。」
「なんだよそれ、褒めてんのか?」
「あなただってわたしのこと褒めているんだか、貶しているんだかわからないじゃない。」
「まあ、俺たちらしいか。」
「あたしたちらしいわよ。」
そう言って笑いあうと二人はキスをした。
「あーあ。次に会うときは、ジゼルはヨボヨボの婆さんか。なんかそれはそれで残念だな。」
「ふん。そう言うあんたはガキのまんまってわけね。」
「・・・ヨボヨボのシワシワになるまで、会いに来るんじゃねえぞ。」
「頼まれたって、あんたに会いになんかいかないわよ。」
「ならいい。」
そう言ってもう一度キスをすると、グレンはリュリュに向き直って頭を下げた。
「ありがとうございました。これ以上話をしていると、未練がましくみっともなく泣き叫びそうなんで、もう結構です。」
「そうか・・・グレンよ、向こうへ行っても姉様を見守ってやってくれ。」
「ええ。もちろんそのつもりです。リュリュ様も、ジゼルのことお願いしますね。こいつ、図体ばかり立派で、中身はリュリュ様より子どもなんで。」
「・・・ああ、任せるが良い。では、よい旅を。」
リュリュが開いていた手を閉じると、手のひらから放たれていた赤い光は消え、グレンの命の火も静かに消えた。
しかしグレンの顔には数分前までの苦悶の表情はなく、とても安らかな、いい夢を見ているような、すっきりとした顔をしていた。
「姉様。リュリュは先に行きますので、また後ほど。」
リュリュが退室して、後ろ手にドアを閉めると、部屋の中からジゼルのすすり泣く声が聞こえてきた。
作品名:グランボルカ戦記 1 紅と蒼の姫 作家名:七ケ島 鏡一