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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 1 紅と蒼の姫

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アミサガン軍の駐屯地から帰ってきたメイの報告を聞いたアンドラーシュら首脳陣は皆一様に頭を抱えてため息をついた。
「よりによってエリヤス男爵か・・・。」
アンドラーシュが思わず素に戻ってしまうほど、エリヤス男爵は厄介な相手なのだろう。ヘクトールもヴィクトルもアンドラーシュと同じように、表情が晴れない。
「そんなに厄介な相手なの?」
あんまり強そうな感じは受けなかったけど。とメイが布団の隙間から見たエリヤスの姿を思い浮かべてつぶやく。
「メイ、この場合本人の強さっていうのはあんまり関係ないんだ。」
「そうなの?よくわからないんだけど。」
「まあ、エリヤス自身も決して侮れるような相手じゃないんだけど、それ以上に彼は攻め方がえげつないのよ。あんたも、うっかり奴に捕まったりしたら、見せしめに滅茶滅茶に犯されて串刺しにされた上に、生きたまま軍旗代わりにさらされるくらいのことは覚悟しておいたほうがいいわよ。」
 アンドラーシュの言葉を聞いて、メイは背中の毛がゾワゾワと逆立つのを感じた。
「へ、へんにゃ脅しはやめてほしいんだけど。」
「いや、脅しではないのだメイ。私もエリヤス男爵については、今アンドラーシュ様が話されたのと同じような話を聞いたことがある。彼はそういうことをすることで敵の戦意をそぎ、恐怖によって味方の士気を高めるそうだ。」
 普段から冗談ばかりのアンドラーシュだけではなく、普段はまったく冗談など言わないヴィクトルにまで言われ、メイはすがるようにヘクトールを見た。
「大丈夫だメイ。俺の側を離れなければそんなことにはならない。いや、させない。」
「ヘクトール・・・。」
 ヘクトールの言葉に、目を潤ませるメイだったが、次のヘクトールの一言で、その涙は一気に吹き飛んだ。
「妹のようなお前をそんなひどい目に合わせるわけにはいかないからな。」
「・・・・・・」
「大丈夫だ、安心していいぞ。メイ。・・・ん?なんだ?何を怒っているんだ?」
「ヘクトールの・・・バカぁ!」
 メイは怒鳴り声と一緒にヘクトールの顔面にパンチを繰り出すとそのまま会議室を飛び出していった。
 何故こんなことになっているのかわからないという表情で殴られた鼻っ柱を抑えているヘクトールに、アンドラーシュがため息混じりにつぶやいた。
「ヘクトールのばーか。」
「な・・・アン!一体どういうことなんだ?何故俺はメイに殴られたんだ?」
「なんでアタシがあんたにそんなこと教えなきゃなんないのよ。子どもじゃないんだから、自分で考えなさい。・・・さ、皆。朴念仁は放っておいて、会議の続きをするわよ。」
 アンドラーシュはそう言って、ヘクトールには構わずにさっさと会議を再開した。


 予定よりも4日早くエリヤスは街の包囲を開始した。それは予定よりも早く出陣し、進軍自体も相当早く移動してきていたアレクシス軍よりも早い展開だった。
 アンドラーシュは突然現れたアミサガン軍に慌てず、外門を閉門し、市民の避難を開始し、ヘクトールらの部隊を外門に配置した。
 両軍のその様子を少し離れた山の上から小型の望遠鏡で覗いていたアリスが保存用のパンをかじりながらつぶやいた。
「さて、始まったわね。」
「とりあえずこれで、この堅いパンともおさらばできるってわけだ。本当だったらあと4日はこのパン生活が続くはずだったことを考えれば敵の大将に感謝するべきなのかね。」
 そう言っておどけるレオにオリガが抗議の声を上げる。
「不謹慎なことを言うんじゃない。取り囲まれた街の中には市民やアンドラーシュ様達がいらっしゃるんだからな。」
「そうよ!怪我する人だっていっぱい出るだろうし・・・死んじゃう人だって。」
 オリガに続き、キャシーにも抗議を受けた所で、レオが「悪い悪い」と謝った。
「そういうつもりで言ったんじゃないんだ。気を悪くしたなら謝るよ。」
 レオがそう言って頭を下げたところに、偵察に出ていたグレンとソフィアが戻ってきた。
「崖の上から確認できた限りでは、敵本陣には、それらしい騎士は三人居たな。狐みたいな顔をした騎士と、顔に傷のある騎士。それに女騎士が一人。あとはガラの悪い強そうなのが4人ばかり。」
「ありがとうグレン。・・・女騎士は報告にあったアンジェリカでしょうけど、残り二人のどっちがエリヤスなのか気になるところね。斬り込むのは私とレオ、ソフィアの三人だけだから、一対一で戦った場合、逃げられることも考えられるし、できれば絞り込んで、三人がかりで一気に片を付けたいところね。」
 アリスはそう言って腕を組んで考え込んだ。
「とは言え、残りの二人や他の人間を放っておいてってわけにも行かないし、三人とも相手をするしかないと思うぜ。」
「やっぱり少し人数が足りなかったかしらね・・・。」
「アリス、やっぱり私も行くよ。」
「だめよオリガ。たとえ上手く倒せても、あなたじゃ離脱ができない。」
「・・・。」
 装備の重いオリガでは崖を降りて奇襲を掛け、離脱をすることが難しい。最初は彼女の魔法である脚力強化の魔法で駆け上れるだろうと考えていたのだが、脚力強化の魔法が強すぎるのと、装備が重すぎて、崖を踏み抜いてしまい、駆け上ることができなかったのだ。かといって軽装備での戦いに慣れていないオリガでは、軽装備で一対多数の乱戦になった場合には不安がある。そのため、オリガはグレンとキャシー同様に突撃の任務から外された。
「じゃあ、俺が!」
 そう言ってグレンが手を挙げるが、アリスは首を振った。
「はぁ・・・何のためにエンチャントされた弓を手配したと思っているの。前にも言ったけど、あなたには狙撃を担当して欲しいのよ。進路と退路の確保。それと、私達に近づく敵の牽制。あなたの仕事はそれよ。そっちにちゃんと集中して頂戴。」
 この一週間、何度もしたやりとりにうんざりしながらアリスが言い、その言葉を聞いたグレンが少し不満そうにため息をついた。
「まあ、心配しても仕方ないし、やるだけやってみようよ。頼りにしているよ、グレン君。」
「貴女は貴女で楽観的すぎるのよ。一体どこからその余裕が来るの。」
 アリスの言葉もどこ吹く風といった感じでソフィアが緊張感なく答える。
「だって、心配していたってしかたないよ。やるだけやって、ダメならその時考えようよ。アリスちゃんは凄く強いんだから失敗なんかしないだろうし、わたしはレオ君が一緒なら失敗しないし、レオ君もしない。行くときも逃げるときも、ちゃんとグレンくんが道を作ってくれるし、もしも怪我をしたらキャシーが手当をしてくれるし、二人のことはオリガちゃんがちゃんと守ってくれる。それで全部解決だよ。」
「はぁ・・そんな簡単に・・・。」
「アリスちゃんは本当に優しいよね。この街とは何の関係もないのに、一生懸命に戦おうとしてくれて。こんな危険な任務を自分から買って出て。そのうえわたしたちの心配までしてくれて。」
「わ、私はそれが仕事だから」
 ソフィアにやさしいと言われ、アリスが狼狽した様子で口を開きかけたが、その前にソフィアがアリスの手を握って言葉を遮るように言った。
「ありがとう。わたしたち、アリスちゃんのお陰できっと勝てるよ。」