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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 1 紅と蒼の姫

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3 エーデルガルド・プリタ・リシエール

「エーデルガルドが出たぞ!」
 アミサガン軍の駐屯地に、ここの所毎晩響き渡る見張りの声が今晩も響いた。
 事の発端は数日前のこと。見張りの兵士が音もなく倒されたのだ。そして、その兵士が気絶するまえに見た最後の人物が、蒼い髪をした、仮面の女性の姿だった。その話は瞬く間に、アミサガン軍内部に広まり、その特徴的な髪色は、十年間行方不明になっている、リシエール王国の元王女、エーデルガルドに違いないということになった。そんな噂を知ってか知らずか、彼女はここの所毎晩駐屯地に現れるようになっていた。
 わざとではないかと言うくらいにあっさり発見され、特にこの駐屯地を攻める素振りもなく、ただただ兵士達を翻弄し、そして行方をくらませる。アミサガン軍の総司令であるアンジェリカはそんな今の状況に不安を覚えていた。別にエーデルガルド本人が怖いわけではない。たった一人の女に翻弄される自軍の兵士達の熟練度の低さが気にかかるのだ。
 以前アミサガンで行われた御前試合。そこで新参者ながら決勝まで勝ち残り、アンジェリカと勝負をしたオリガ。オリガの話を全面的に信じるとすれば、アンドラーシュの元にはオリガよりも強い人間がかなりの数居ることになる。話半分だとしても、オリガ以上の使い手が数人でもいるとすれば、一騎打ちになった場合、アミサガン随一と言われたアンジェリカやデールでも危ない可能性がある。
 平和な時代が続いたせいもある。領主であったリュリュが練兵に熱心でなかったのも原因だろう。なんにしても、この軍には自分に万が一のことがあった場合に後を任せられる人間は、指揮官としても、武人としてもデールくらいしかいない。しかしデールは、アンジェリカのうぬぼれではなくアンジェリカへの傾倒が激しく、彼女に何かあった場合に指揮を取れるような状況では無くなる可能性が高い。
 要するに、アミサガン軍はアンジェリカのワンマンチームなのだ。 
 リュリュを追い出した後、実質的なアミサガンの支配者となったアンジェリカの父、フィオリッロ男爵がおとなしくバルタザール帝から軍を借りればいいものを、アンジェリカがいれば大丈夫と言いはり、領内の戦力をすべてこの駐屯地に集めて何とかしようとしているのだが、元はといえば、リュリュを逃したのも彼が功を焦って、ろくな計画も練らずに彼女を拘束しようとしたのが原因だ。しかもそれを反省するどころか、さらに見栄を張り、アンドラーシュへ脅迫状まがいの親書を送ったりと、状況をどんどん悪化させている。
「父上は・・・軽率がすぎる。」
「ゴキゲン斜めだねぇ。」
 くくくと、含み笑いをしながら、彼女はアンジェリカのテントの入り口に寄りかかっていた。
「・・・君か。」
 アンジェリカはため息をつきながら立ち上がると、彼女に椅子を勧めた。
 荷物の中から、ぶどう酒を取り出すと、アンジェリカはグラスに注いで彼女の前に置いた。
「はー。今日もよく動いたから喉乾いちゃったわ。」
 そう言って蒼髪の彼女、エーデルガルドは軽くアンジェリカとグラスを合わせると、ぶどう酒を一気に飲み干した。
「本当に君は変わり者だな。」
「お互い様でしょ。」
 自分のグラスを回しながらつぶやいたアンジェリカの言葉に、カラカラと笑いながらエーデルガルドが答えた。
 最初は、エーデルガルドがうっかりアンジェリカのテントに隠れたのが始まりだった。
 二人の目が合うのと、見回りの兵士がテントの中に声をかけてきたのが、ほぼ同時だった。殺気立つエーデルガルドに一瞥をくれると、アンジェリカは見回りに来た兵士に異常がないことを告げ、今と同じように椅子を勧めた。
 それからかれこれ一週間。
 兵士達が、外にいるわけのないエーデルガルド捜索に出ている間の二人のささやかな酒宴は毎晩のように行われていた。
「そんで、うまくいっているの?」
「ん?ああ。エーデルガルドはリュリュ皇女領内から現れている。うまい具合にそういう報告が上がってきているし、私もそういう報告を父上に送っている。アンドラーシュと事を構える前に、領内のエーデルガルドを確保する方が先決だ。と添えてね。」
「まあ、お互いやりたくない戦争は避けるに限るからね。」
「そうだな。」
 そう言ってアンジェリカがグラスの中身を口に含んだのを確認すると、エーデルガルドがニヤニヤしながら口を開いた。
「そういえば昨日の夜、ちょっと忘れものしちゃって取りに戻って来たんだけど、お楽しみ中だったから寄らなかったんだよね。」
 エーデルガルドの言葉に、アンジェリカがぶどう酒を吹き出しかける。
「あれ、あんたの彼氏?」
「ケホッ・・・か・・・彼氏とか、そういう、俗な言い方はやめてくれないか。彼は・・・その。親の決めた婚約者で・・・べ、別にそんなす・・・好きとかそう言うのではなく、し、仕方なくだな。」
「あらあら、彼氏ったら可哀そう。・・・あの感じだと、彼のほうはあんたの事が好きで好きで仕方ないって感じだったけど。あんただって、本当に嫌ってわけじゃないっしょ?」
「・・・・・・まあ。それは・・・嫌いではないが。」
 アンジェリカの反応が楽しいのか、エーデルガルドはニヤニヤしながら話を続けた。
「そりゃあそうよね。じゃなきゃあんな甘い声出ないもんね。まさかいつも凛々しいあんたが、あんな甘い声を出すとは思ってもみなかったから、びっくりしちゃった。」
 と、アンジェリカはおもむろに黙りこんで、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「・・・る。」
「え?」
「・・・・・・斬る。」
 そう言って抜剣するアンジェリカから慌てて距離をとってエーデルガルドが謝罪する。
「ご、ごめんごめん。あんたの反応が面白くてつい。ね。悪気は・・・あるけど。怒らせたいわけじゃないんだよ。そ、それにここであたしを斬っちゃったら色々面倒臭いことになるんじゃないかなー・・・なんて」
「・・・・・・はぁ。」
 まだ納得行かないという表情だったが、そこはリュリュ皇女配下随一の女騎士アンジェリカである。深呼吸を一つすると、剣を納めて席に戻った。
「ごめんねえ。調子に乗っちゃうのがあたしの玉に瑕な所よね。よくそれでヘクトールに怒られるんだけど。なかなか直んないにゃあ。」
「ヘクトール・・・ふむ。確かアンドラーシュ侯爵のところの傭兵隊長だったか。」
「あちゃ・・・失言した。」
 エーデルガルドがポロリとこぼした名前をアンジェリカは聞き逃さずに拾い上げた。
「まあ、聞かなかったことにするよ。」
「・・・ありがと。」
 アンジェリカの言葉を聞いて、エーデルガルドはバツが悪そうに頬を掻いて笑った。
「それはそれとして。君と彼の関係を聞きたいな。上司と部下とか、そういう話ではなく。・・・わかるな?」
「にゃ?」
「にゃ?じゃなくて。その、ほらあれだ。私とデールの話のような。夜の睦事だとか。そういう・・・。」
「ああ、そういうこと。それならたくさん・・・。」
 エーデルガルドが話始めようとした時だった。
 遠くから人の走り寄ってくる足音と声が聞こえた。
「アンジェリカ様!至急の伝令です!」
「・・・ベッドに隠れていろ。」