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好きです

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俺は短くかり込んだ頭をかきむしりつつ自分の部屋の勉強机につっぷしていた。母親が俺の部屋をちょっとのぞきこんでから「あなた、大変よ! 永太(えいた)が受験以来の勉強をしてるわ!」と一階にかけ降りていったことは腹が立つが、今はそれどころではなかった。
 俺は今、普段あまり使わない頭を無理にでも使って、答えを出さなくてはいけなかった。

 思考を整理するために、メモ代わりに開いていたノートをもう一度見る。そこには「永井遥(ながい・ゆう)」という小学生の時から見慣れている名前と「原間香(はらま・かおる)」という、つい最近知った名前が書いてある。その二つの名前から矢印が伸び、ある名前を指し示している。そこには俺の名前、生まれた時から付き合っている名前「甘里永太(あまさと・えいた)」に向かって伸びている。この矢印の意味までは、とてもではないが書きこめない。矢印を引っぱるだけで、頭がパンク寸前にまでこんがらがってしまうのだ。
 落ちつこう。
 パンクしそうでも我慢して、ひと目でこの状況が分かるように何か書きこむべきだろう。俺は原間さんから伸びている矢印に「1」と書き加えて、永井から伸びている矢印に「2」を書いた。
 数学の授業で吐きそうなほどに見飽きている二つの数字。国語の成績も大して良くないこの俺が、この二つの数字にとても深い意味を背負わせている。
 これは、順番なのだ。
 告白された順番である。
「……なんだそりゃあ!」
 俺はまた机につっぷすしかない。意味が分からない。告白だけでも意味不明なのに順番? なにそれおいしいの? 未だに現実感が無い。恋愛? 今まで俺には一番無関係な言葉だと思っていたのに。それが二人から? いったいどういうことだ。なにがあった。どうしてこうなった。恋愛ってなんなんだ。何者なんだ。
 恋愛っていうのは、あれだろ。告白して、返事をもらって、よろしければ付き合うんだろ。で、付き合うことになったら何をするんだ。そもそも付き合うってなんなんだ。
 断る時はどうするんだ。どんな風に断るんだ。この度は、二人のご都合が合わなかったということで……いや、それはお見合いだ。仲人さんが言うセリフだ。お見合いの話題が出るたびに、これを思い出してしょんぼりしているかわいそうな従兄……は関係ない。
 断る。
 そう、恋愛はよく分からないが、つまるところ、行きつく先での究極のところ、俺はどちらかの告白を断らないといけない。
 どちらかを選ばなければいけない。
 え、選ぶ!?
 そもそも俺って、恋人を選べるような身分なのか?
 二人の女性から告白されて、そのどちらかを選ぶことになる男。よく見るドラマでは、そういう男はどこか軽薄で、結局は二股をかけて、二人の女性を不幸な目に合わせる悪役だ。ドラマを見る度に、どっちと付き合うか早く決めろよウジ虫野郎マグマ溜まりに挟んで捨てろ! と心の中で馬鹿にしていたものだけれど、今は俺がその状況にいる。
 俺はこんなこともスッパリキッパリ決められないような、情けないロクデナシな男だったのか? 俺はどちらかに決めるべきだ。無理やりにでも決めるべきだ。
 俺が返事をする相手は……!
 いや、待て。一つ大事なことを考えていない。
 俺は永井と原間さんに告白されたが、俺は二人のことが好きなのか、どうか、それが重要だ。無理やり理由もなく選ぶだなんてひどい男だ。俺が告白する側だったらこっちから願い下げだそんな男。かっこわるい。最低だと思う。挟んで捨てるぞ。
 俺は硬くシャーペンを握り、「甘里永太」から「永井遥」と「原間香」に一本ずつ矢印を引いた。そしてそこに「①」「②」とそれぞれ書きこんだ。
 おそれ多くも告白してくださった二人のことについて考えよう。そうしよう。そうした方が絶対にいい。しないと後悔する。嫌な結果になる前に立ち迎えやればできるはずだ逃げるな男だろ漢になれよそれくらい簡単だろ燃やせよ闘魂背負えよ大和魂我らマキコー野球部ぞほらよし!
 問いを書いた。
 ①どれだけのことを知っている?
 ②どう思っている?
 やたらにほりの深い文字になってしまった。書いたからには、考えよう。
 原間さんについて。
 ①は簡単だ。
 ほとんど何も知らない。
 せいぜい、教室でいつも静かに本を読んでいるなあ、と思いつくくらいだ。昼飯の時間でも、彼女は本を手放さず、いつも一人で食べている。部活のことしか考えていない俺にとっては、とても知的に思える。しかも俺より背が高いので、ちょっと近寄りづらいな、という印象を持っている。
 でも、告白した時の原間さんは、いつもと違って見えた。
 原間さんに告白された時、俺は部活を終えて、永井と一緒に帰るところだった。昇降口を出て校庭を横切っていた俺達二人に、原間さんは、腰まである長い髪を乱しながら、歩いた方が速いんじゃないかというくらいトロトロした危なっかしい足取りで走ってきた。
 俺も永井も、いったいどうしたんだろう、何か大変なことでもあったのかと心配していたのだが、それは全くの見当違いだった。
「好きです! 読んでください!」
 原間さんは顔を真っ赤にして、俺に体当たりをするかのように可愛らしい便せんを押しつけて、またトロトロとした足取りで学校の方に戻っていった。その時の原間さんは背が高い知的な人というより、とても親しみやすい人に思えた。俺に便せんを押しつけた時の感触が、とても弱弱しくて、熱が伝わってきて、今まで遠くにいるだけの違う世界に住んでいる人が、俺のすぐ隣に突然現れて、不意に寄り添って来たような、そんな感覚があった。
 だから②については、俺は、もっと原間さんと話してみたいと思っているのだ。もっと彼女のことを知りたい。どうして彼女は、俺のことが好きになったんだろうとか、どんなテレビ番組を見ているんだろう、とか、もしかしたら、俺でも読めるような本を紹介してくれるかも知れないし、それについて話してみたいし、見るだけだったらスポーツも好きかも知れないし、大会に出た俺を応援しに来てくれたりしちゃったりして……うへへ……。
「……はっ!」
 夜の窓ガラスに映った自分のにやけ顔に気がついた。
俺きもっ! ひくわー、まじひくわー。
 もし告白したのが原間さんだけだったら、俺は恥ずかしながらも、布団の中で眠れぬ夜を過ごしながらも、次の日にはOKと言おうと決断していただろう
 でも決断なんてできそうになかった。原間さんが告白した時、俺は一人では無かった。永井と一緒だったのだ。
作品名:好きです 作家名:小豆龍