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回想と抒情

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地図


私は数年間とある国家試験の浪人をしていた。朝、まだ日も昇らない頃に起きだし、蛍光灯をつけて教科書を広げひたすら読んでいく。体力が充実したら定期的に答案を書いていく。それは望ましい地図を作る作業だった。受験が要求する地図に自分の地図をなるべく正確に近づけていくこと、それが私の課題だった。だが厳密には地図は一つしかない。それは私の中の地図だ。受験が要求する地図は参考書などによって示唆されはするが、その完成形が目の前にあるわけでもなかった。私は乏しい情報を頼りに自ら荒野に足跡をつけていき、自分の踏み込んだ経路とランドマークがそのまま地図になるのであった。私の地図は生成し消滅し逸脱する。教科書を読むとそこへ至る経路とそこの項目が地図の上に明晰に出来上がる。だが別の経路を探索しているうちに、昔通った項目はだんだんと薄らいで行ってしまうのだった。それに学者肌だった私は、明らかに受験に必要のない小道に寄り道を繰り返した。私の地図の正確性を測るのが模試であり、模試は毎回のように私の地図は極めて不正確だと告げ、その度に私は地図を見失った。信頼性を失った地図はもはや地図ではなかった。

余りにも地図が不正確だったとき、私は自らの周りに何も明晰なランドマークがないことを悟った。私は地図の外に身を躍り出し、何もないところで疲労した心身をいたわっていた。そんなとき、私は台所に行くとグラスにワインを注ぎ、一気に飲み干した。私は地図の外で、ひたすら祈っていた。酒は祈りの道具である。どうにもならない無の地点で、素裸になって大いなるものへと思いを捧げるのが飲酒という行為だ。酒がせめてもの灯となり、この地図無き地点から再び地図が始まるように、私は酔っていった。

すると、私の心身は何か不思議な音で満たされていくかのように感じられた。なるほど、私はただ台所の椅子に座り、テーブルにグラスを置いている、それだけの空間の中に居るのかもしれない。だが、私は酩酊と共に、夜の音が自分を満たしていくのを感じた。それは月明かりの山の渓流の音かもしれないし、秋の夜を満たす虫の音かもしれない。さらには、私を過去に作り出した無数の地図へと誘ってくれる導きの笛の音なのかもしれない。昼間の外光が窓越しに雑然とした台所を照らす中、私はひとり夜闇の荒野をさまよいながら、電光のように現れては消える無数の地図に照らされていた。大学受験の地図、文学の地図、哲学の地図、物理学の地図、数限りなかった。そして、その夜の底を流れ、地図たちを深いところで組成している、あの時間が降り注ぐ音を一身に聴いていた。

作品名:回想と抒情 作家名:Beamte