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回想と抒情

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被害


冬の初め、リンゴの収穫の合間に、友人の車に乗って文化センターの展示を見に行こうとした。時候の挨拶のような何気ない会話をしているうちに、車が急に左に寄って、コンクリートの壁に斜めにぶつかっていった。あっという間に車の左前の部位が破損しカバーやライトが飛び散っていき、こちら向きの壁の端にぶつかって大きな衝撃が訪れた。プラスチックの融ける化学的な甘いにおいが鼻の奥にこびりつき、カーステレオからは音楽が鳴り続けていた。私のメガネのフレームは変形し、胸に軽度の打撲を負った。警察の調査が終わり、車が引き上げられて行き、私は家路についた。原因は友人のちょっとした運転ミスだった。運転ミスの瞬間が事故の瞬間へと結びついていくように、すべては瞬間によって出来上がっていた。だがそのような瞬間により世界が覚醒するかのような事故において、私に残されたのは鼻の奥のプラスチックのにおいと事故後も鳴りつづけた音楽の持続だった。事故は体感的な衝撃としてその場その瞬間で終わるものではなかった。打撲の痛みや友人の謝罪・賠償、そんなものよりも、私の中には嗅覚的なにおいと聴覚的な音楽、その感覚が事故の真実の証人として、事故の最も鮮明な記憶として持続していったのである。

事故の被害は私を全く傷つけなかった。私は怒りもしなかったし憎しみも持たなかった。にもかかわらず、それは速やかに、かつ過剰に謝罪され、賠償された。私は思った。私の被害はもっとほかのところにある。例えば10年前、心より信用していた友人の痛烈な裏切り。例えば5年前、心より思いを寄せていた女性からの手ひどい仕打ち。それらの被害は決して謝罪も賠償もされなかったが、私の心を残酷な闇で持続的に蚕食し、私を著しく停止させた。心に解けない暗い結び目を作ってしまったそれらの被害に比べて、この事故のなんというすがすがしさ! プラスチックの融けるにおいと鳴り続けるカーステレオ、そんな消し飛んでしまいそうな感覚だけを残して去っていくとは!

作品名:回想と抒情 作家名:Beamte