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ねこたねこ
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コタロウによろしく

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 起きてからの健治は昨日、老人と話した内容をもう一度、一つ一つ思い出しては整理していた。どんなことを話したっけ……。色々訊かれたし、懐かしい昔のことを思い出して、訊かれた以上のことも話してしまった。けど、ハート模様とお笑い番組のことだけはどうしても話した記憶がみつからなかった。
「行ってみればわかる……」
 母親、友人、別れた彼女からの留守電と着信を無視して、少し早いが八時すぎに家を出る。
 
 二日目の勇福寺も大賑わいだった。
 まだ朝だというのに団子やお焼きを売る店には軒並み人だかりができている。歩きながらそれを見た健治はふと昔のことを思い出し、一人吹き出してしまった。健治がコタロウと歩いた夏祭りの風景によく似ていたからだ。そのとき、健治は今でも忘れられないコタロウの「顔」を見たのである。
 コタロウが来て一年が経った夏、近所の祭りに出かけた健治とコタロウはすっかり夏の夜を満喫し、地べたに座って夕涼みをしていた。
 そこに予想していなかった大きな花火がドドン、ドドドンと何発も打ち上がり、パニックになったコタロウは猛然と走りだしてしまったのだ。
 すぐに追いかけた健治だったが、人ごみの中にコタロウを見失ってしまう。汗まみれになりながら会場中を探しまわったもののコタロウの姿は見つからず、途方にくれていたとき
「主催事務所からのお知らせです。迷い犬を保護しております。飼い主の方は――」
 とスピーカーで案内が流れ、健治は事務所へ駆けつけたのだった。
 慣れない場所で緊張していたのだろう。事務所奥の椅子に座るコタロウの、目が点になってキョトンとしたその顔が、健治には花火でびっくりして逃げ出してしまい「ばつが悪い」という表情に見えた。
 ホッとして泣いてしまうかと思っていたのに、そんなコタロウを見た瞬間、なぜか健治は大笑いしてしまったのだ。「その顔傑作だぞ、コタロウ!」
「あの顔」は健治の中でコタロウの面白顔ベストワンとなっている。

 ペット供養の人たちも霊園へと行列をなしていた。健治はその霊園の少し向こうの一角に歩を進める。
 里親募集の会は十時からの予定だが、小屋の前には次々とボランティアの人たちが里親を待つ動物たちの搬入をはじめている。健治はその様子を眺めながら通り過ぎ、奥の露店スペースへ向かう。ぼちぼち出店していたが、目当ての老人はまだ来ていないようだった。
 健治は引き返し、時間前に開始された里親募集の会場に入ってみた。中ではキャーキャー、ミャーミャーという子猫の鳴き声が響いている。
 十畳ほどのスペースに犬猫が入った二十ほどのケージやキャリー。それにボランティアや見学者が入り乱れ、人いきれが半端じゃない。成人男子の一人見学は珍しく、人目がかなり気になる。それもあって、健治は早々に小屋を出た。小屋の外から遠巻きに中を見る。
 里親となるべく訪れた人たちが代わる代わる犬や猫を抱いていく。引き取り、引き取られ、新しい幸せな生活がこれから始まるのだろうと思うと、少し妬ける。自分は大事な相棒を失ってしまったのだ。
 霊園近くをとぼとぼ歩きながら、健治はいつもの後悔を打ち消そうとしていた。あの日、朝から宅配の出張所などに行かなければ……。
 帰宅した健治が見たのはコタロウの変わり果てた姿だった。今まで一度だってリードをほどいて道路に出たことなどなかったのに、どうして……。
 つないでおいたはずのリードがはずれ、愛車の赤いスポーツカーに飛び乗ったコタロウは、塀を超えて道路に出てしまい、たまたま通りかかった運送業者のトラックに自宅前で跳ねられたのだ。誰も見たものはいなかったが、車に引っ掻き傷のようなものがついていた状況と、コタロウが道路に横たわっていた事実から、健治はそのように結論づけた。
 この一か月、何度も自分を責めた。とことんまで自分を責め過ぎてしまう健治は、自分に逃げ道を作らないとやりきれないと感じ、会社が忙し過ぎたのが悪い、両親が早々に離婚したのが悪い、別れた彼女が悪い。そう考えるようにした。
 そうやって他のものに責任を転嫁することでしか、突きつけられた現実から逃れる術がなかったのだ。
 

   7.
 

 気付けば十時半を回っていたので、健治は再び露店スペースへと向かう。ほとんどの出店スペースに店舗が設置され、さっき来た時よりも多くの客で賑わっている。そして、一番奥を見てみると、目当ての老人が高校生くらいの少女と談笑している姿が目に入った。
 話が終わり、少女がおじぎをして去るのを見届け、健治は老人の前に歩み寄る。
「やあ、また、あなたか」
 老人は驚いた様子もなく健治に話しかけた。
「その筆は、話してない特徴も、的確に表現してくれるんですね」
 健治はやさしい口調ながら、自分でも何故そんなことを言う? と思う攻撃的言葉を投げかけた。
「ああ……、これは普通の筆だよ。こっちは専用のものだからちょっと値が張るけれど」
 しかし、老人は怯まず穏やかに返答する。健治は昨日のことを問い質そうかと悩んだが、結局――
「あの、また描いてくれませんか? 今度は全身の絵が欲しいんです。昨日描いてもらった絵がすごく気に入ってしまって。全身のものも欲しいなと」
「ありがとう。じゃあ、悪いけど二千円もらうよ。顔の特徴は覚えてるから、尻尾や脚の長さ、全体的なシルエットだけ教えてくれるかな」
 健治はコタロウの身体の特徴を詳細に伝えた。中型だけど小型に近い中型なので体高はそれほどでもない。身体の毛は短いけれど、ところどころ長い毛も交じっている。尻尾は三十センチくらいで、ぽわぽわとした長い毛が生えている。
 老人は話を聞き、うんうんと頷きながら筆を進めていく。昨日ある程度話していたこともあって、完成までの時間は昨日の半分、十五分ほどだった。
「こんな感じかな」
 老人は画用紙を反転させ、健治のほうにかざして見せた。絵を見た健治は一つ注文し忘れていたことを思い出し、ああ、すみませんと老人にお願いする。
「コタロウは基本、真っ白な犬だったけど、足の先に黒い斑点があったんです。それがあいつの特徴だった。付け足してもらえますか?」
「お、了解」
 そういうと老人は細めの筆に持ち替え、足に斑点を付け加えた。完成した絵は昨日感じたのと同じで決してうまいというわけではない。デッサンは崩れていないが、版画のような無骨なタッチで、なんとなくギリギリ大丈夫という感じだ。ただ、作風は温かく魅力的、一度見入ると目が離せなくなるほど特徴的。そしてやはり、どこまでもコタロウなのだ。
「おじいさん、昨日、どうして俺が話してないのに、コタロウの額にハートマークを描いてくれたんです?」
 水入れの水でパレットを洗い流していた老人の手が一瞬止まったように見えた。
「ああ、あれか。あれは……、コタロウ君が、それをちゃんと描いてと言ったからだよ」
 言って老人は笑う。マジな話なのか、たまたま当たったことを冗談めかして言っているのか健治にはわからない。はっきりしているのはこの老人が、健治の説明以外からコタロウの特徴を知ったということだ。
「今描いてもらったこの全身の絵。右前脚に黒い斑点を追加してもらったけど、俺はどの脚かは言ってない……」
作品名:コタロウによろしく 作家名:ねこたねこ