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「舞台裏の仲間たち」 74~75

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 「おいっ」

 稽古場の中央で、本読みに没頭をしている茜を見つめていた西口が
突然、大きな声で小山を呼びました。
台本から目を離した茜が、かすかに月の光が差し込んでくる天窓を
見つめながら、長い黒光のセリフを読み続けています。

 「何かに似ていないか、小山」

 「半身に構えて、身をよじって天を見上げる・・・・
 そうか、『女』のポーズだな。
 茜がそのまま、自然のままに黒光の『女』のポーズを
 とりはじめたということか」

 「それだけじゃないぞ・・・・
 俺には、もうひとつの順平君からの挑戦状が見えてきた。
 宮廷画家のゴヤは知っているだろう。
 その作品の中に、まったく同じポーズをとった、まったく同じ
 構図の作品が有る」

 「着衣のマハと、裸のマハだろう。
 其れならだれでも知っている、きわめて有名な作品だ。
 しかし、それとこれとはどういう関係が有る。
 待てよ・・・・
 裸の『女』と対比させて、着衣の茜に
 そのまま黒光の『女』のポーズを取らせようと言う意図か・・・・
 う~ん、巧妙だ」

 「それだけじゃないぜ。
 この悪戯好きの脚本家は、
 茜にまで、途方もない挑戦状を叩きつけている。
 時絵が得意としている夕鶴でも、長い独白が随所で登場をしてくるが、
 この黒光の最後の場面などは、
 それをさらに上回る、長い黒光の独白がやってくる。
 やれるものなら、やってみろ・・・・
 俺にはそんな悪意さえ感じるほど、きわめて長い独白だ。
 ほんとうに、この作者は油断がならない」

 「そうとも限らないわよ、西口君。
 長い独白は、役者冥利に尽きるものなのよ。
 スポットライトを独占する、自分一人の晴れ舞台だもの、
 もう陶酔の世界になるの。
 たしかにプレッシャーはあるけれど、
 達成した時の感激は、もうはっきり言ってエクスタシィ―の世界だわ。
 女優冥利に尽きるわよ、茜ちゃんもきっと」

 独白の名女優、時絵が目を輝かせています・・・・
黒光の台本読みは、まさにクライマックスを迎えようとしていました。


 碌山の作品はどれも、
内に苦悩をにじませながら力強く美しいものばかりです。
そして特に強く感銘を受けるのは、にじみ出てくるそのあたたかさです。
それは碌山が人を信じ、人を愛し、いとおしんで
生きてきたからだと思います。
残念なことに「女」は碌山の絶作となってしまいますが、
そこには、かれが追い求めてきた永遠のテーマ―、『生命への尊厳』が、
百年の歳月を経て今なお生き続けています。
この類まれなる生命観こそが、見る者の胸を打つのだと思います。