花鳥風月 向日葵
閉め切っていた部屋は、真夏の日差しが窓から入って、
熱せられた空気が恨みを持って待ち構えているようだ。
ひなたは、昼間遭った男のことを思い出しながら帰宅した。
一人でショッピングをするのが休日の楽しみで、今日もいつもと同じように
やっぱり一人でショッピングをしてきた。一人で行くほうが気が楽だし、
自分の見たいものだけじっくり時間をかけて見られるから、そのほうが
合理的だとひなたは考えていた。
ひなたは、どさっと買ってきた荷物を床に置くと、玄関脇の小窓とベランダの掃きだし窓を
開けてむさ苦しい部屋の空気を入れ替えた。部屋の中は雑然としていて、24歳の乙女の部屋とは
思えないが、どこに何があるか分かっていれば、これでいいというのがひなたの考えだった。
「あ~あ、またバッグ買っちゃった」
と、買ったばかりのバッグを自分の目線に掲げながら独り言をいった。
もうひとつの紙袋には靴の入った箱が少し頭を出している。
クローゼットを開けると、高級ブランドのバッグや流行のデザインのバッグなどが
所狭しと並んでいる。片隅には、おそらく靴が入っているであろう箱が数段積み上げられている。
買ったばかりのバッグをそのまま、クローゼットの棚に置き、靴は箱から出し箱だけを
積み上げられた段の上に置いた。
「明日、これ履いて行こう」
ひなたはパンプスは値段の張るものを選んでおけば失敗しないという、独自のこだわりを持っていた。
玄関には、ラックに入りきらないほど靴が置いてあり、がさつにスペースを作ってパンプスを置いた。
部屋に戻ったひなたは、携帯を開いてボタンを押した。
誰かから電話やメールが入っているわけでも、誰かに電話やメールをするわけでもない。
ひなたの携帯はもはや、単なるSNS内のゲームをするためだけのツールになっている。
通勤中の電車内でも、昼休み中も、仕事中もトイレに携帯を持ち込んでこっそりサイトを開いている。
手際よく何文字か打ち込むと、サイト内のひなたのアバターが
『また、バッグと靴を買っちゃった』
と、まばたきをしながら独り言をいった。
それは、いつものひなたの休日の過ごし方だった。いつもとなんら変わらない。
ただ、今日は昼間変な男に声をかけられた、それだけがいつもと違っていた。
『変な男に声かけられた、マジうけるwww』
と言ったひなたのアバターは、表情を一切変えていない。
夕方になっても、一向に涼しくならない。
ひなたは、昼間の男に言った願いを思い出して
「ばっかみたい……」
と、ベッドに倒れこんだ。
日中の室内の熱い空気を吸い込んだシーツが、ひなたの体を拒絶するようだった。
子供たちの笑い声と、蝉の鳴き声が開けた窓から入ってくる。
「ばっかみたい……」
天井を見つめながら、ひなたはもう一度呟いた。