神さまにつながる方法
だって、あいつ、剣道している時はめちゃくちゃ強くて硬派で剣士なんだけど、この間みたいにひまわりスマイルされると愛しくなって、抱きしめたくなってしまう。
え!
なに?
抱きしめたくなる、なんて今思った?
………………
………………
いや、これはあくまで、あいつはそういった感じがする、ってだけだ。印象がそう、てだけだ。
とにかく、その女性の正体を調べるんだ!
「光喜、今日は教会に来るって約束でしょ? 」
「ごめん、お母さん。今日はどうしても、やらないといけない実験があるんだ」
うちの家はクリスチャンで、母は熱心な信者だ。だから、日曜日になると教会に行かないと責められる。僕はここ何週間かサボっていた。学校の用事が大変だ、という嘘をついて。
子どもの頃は教会にちゃんと通っていた。
牧師さまにも信者の人たちにも可愛がってもらって、色々な行事にも参加していた。
だけど、どうしても納得出来ないことがあった。
神はどうして不幸な人たちを救ってくれないのだろう、ということだった。
信者の人たちの中には、とてもいい人がいたけど、その人がどんどんと不幸になったり、病気になったりして、そんな時は、「やっぱり神さまなんていないんじゃないか」て思うようになった。
あと、人間はどこまで〝さまよえる子羊〟でいなければならないのだろう。ということだ。この世界を見ていると、どんどんと悪くなっている気がする。環境破壊は特に深刻だ。戦争も全く終わることはない。絶望的な未来しか描けない時代に、神は、なす術もなく見ているだけなのだろうか。そう思うと、教会に行って神に向き合うなんてしたくなかったのだ。
そんな中。
高原暁斗は、僕の前に現れたひとつの快楽に見えた。
ずっと忘れていた『清廉』を具現化した存在に思えた。
教会に行くより、高原を見ているほうが今の僕には大事なことだった。
十時過ぎに彼は、自宅から出てきた。
そのまま駅に向かうと、電車を乗り継ぎ、郊外の学習センターにやってきた。
なに?
ここで何か催しでもあるのか?
「ホワイト・サークル」
そう書かれたルームに入っていった。
どうやら、何かのサークル活動らしい。
高原の行動は、ほんと、分からない。普通の若者の範囲じゃない、ていうか……
あたりをキョロキョロ見渡して、誰もいないのを確認すると、そのルームの後ろの戸口に近づいた。かすかにマイクの声が聴こえたから。
「父なる神は、肉体ではなく感情とキリスト・ロゴスを通して初めて理解できるようになります」
「では、普通にこの現世に対するのと同じような精神状態では、神を意識出来ない、ということですか? 」
「はい。だから、正しい知識と内省や瞑想が必要なのです」
僕は、中から聴こえてくる言葉にくぎづけになった。だって、神は普通の精神状態では理解できない、と、ものすごいキーワードを聞いたからだ。
「正しい知識は、このサークルで学んでいきますが、内省や瞑想は、各人の能力というか努力が必要ですね……結構、それが大変です」
「そうですね。でも、最初は、自分が一番困っていることから始めてはいかがでしょう? 体が痛いなら、その痛みは何を訴えているか、を痛みとともにじっと感じてみるのです。最初は分からないかもしれませんが、イメージや原因が浮かび上がってくると思います」
「それが内省ですか? 」
「はい。内省になると思います。これは慣れるほど上手になっていきます」
その時、隣の教室のドアが開いて、中から人がわあわあと出てきた。僕は立ち聞きしているのを見られたくなかったので、ホワイト・サークルの戸口から離れるしかなかった。
しかし、あのサークルはなんだ?
キリスト・ロゴスとか言っていたから、キリストの話しでもあるんだよな。今まで教会で聞いてきた説教と全くアプローチが違うみたい。普通の精神状態では神を認識できない、とか内省は痛みに聞け、とか、かなり具体的というか実践的だ。
うー
気になるぅ
高原がいなければ、あのサークルに今すぐ参加したいくらいだ。
どうしよう……
僕はロビーのソファに座ったまま、じっとしていた。
あのサークルに参加しようと思ったら、高原の後を着けていたことを白状しないといけない。この前の剣道場で会っていなければ、偶然、ここに居た、てことにも出来るけど、もう今となっては、それも無理。
正直に言ったとして、「じゃ、なんでオレの後を着けてるの? 」て聞かれたら、何て答えたらいいんだ。「君の弱みを握るためです」これじゃ犯罪だ。個人情報保護法にひっかかりそう。いや、名誉毀損か。
それに、今は僕、高原の弱みを知りたい訳じゃない。正直なところ、高原のことがもっと知りたい、って思いしかない。だって、高原を知れば知るほど、不思議で魅力的で面白い世界が広がっていくから。けど、これって……ストーカー? いや、まだ高原に恐怖を与えたり、無理につきまとったりしてないから、ストーカーではないか。
はあ。
いずれにせよ。
今日一日だけは、あいつの後を着けてみる……か……
一時すぎに会は終わったようだ。
サークルの人たちと別れた高原は、ひとりの女性と一緒に駅に向かって歩き出した。
そして駅前の喫茶店に入った。
はっ!
ここは由美香が教えてくれた例の喫茶店じゃないか。
とすると、あの女性が恋人なのか? 後ろ姿しか見なかったから、どういう女性なのか分からない。けど、この先、どうやって見よう。双眼鏡は持ってきたけど、彼らが座った席はずいぶんと店の奥で暗い。
うーん。
いっそのこと店に入ってやろうか? 幸い、高原は窓を背にしているから、奥に座らない限りバレないだろ。振り返ることないてないだろうし。そんで、あいつより先に店を出れば分からない。
よし。
「いらっしゃいませ」
店員の声にも高原は反応せず、こっちは見なかった。僕は外から見て決めていた席を目指すと、そこに腰を下ろした。彼らから、窓に向かって三つ目の席だ。
コーヒーだけを注文し、じっと高原の後ろ姿を見つめた。素直な黒い髪と、まっすぐな背筋が目に入った。
その先にあるのは、例の女性だ。こっちを向いて座っているから、顔は見えるけど、さりげなく見なくちゃな。じっと見つめたら不自然だ。メニュー表を広げ、彼女の顔を見た。
「!」
え?
それはよく知っている顔だった。
びっくりした為、彼女と目が合ってしまった。
や、やばい。
やばすぎる!
彼女は思ったとおり、ニッコリ僕に微笑みかけると、高原に何かを言ってから、立ち上がって僕の席に向かってきた。
「こんにちわ。お久しぶり」
「あ、ども」
そんなことより、高原、こっち見てるよ! メニューで顔隠しても、もうバレバレだな。
「ひとり? あ、光喜くんがひとり、ってことないか」
「いえ、あの、ひとりです」
「えー、ほんと? ……このへんよく来るの? 」
「と、時々……僕、散策するのが趣味で」
作品名:神さまにつながる方法 作家名:尾崎チホ