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石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 嘉門の良いようにされて悔しいと思ったはほんの一瞬のこと。後はさんざん蹂躙され思うがままに犯された。
「あうっ、あ―」
 理性に反して、口からは甘い喘ぎが洩れけた。
 白い華奢な身体が弓なりに大きくのける。それは、銀の魚が跳ねるのにも似ていた。 魚は苦悶にのたうち回り、幾度も跳ねたやがて、最後には力尽きたように動かなくる。

 嘉門がお民の身体を蹂躙し尽くした後、屋を出ていったのは暁方のことであった。 夜も明けやらぬ頃に出ていった嘉門は出茶屋の女将に幾度も念を押していった。
「俺はまた夕刻に参る。それまであの女をしてはならぬぞ。また、自害もせぬよう、重に見張っておいてくれ」
 更に金を渡された女将は憮然とした顔でいた。陽が高くなった頃合いを見計らい、に簡単な朝飯の用意をして様子を見にいた。
 女はまだ死んだように眠っていた。
 昨夜は一晩中、喘ぎ声や、それに混じっ悲鳴やすすり泣きが階下まで聞こえてきて煩くてろくに眠れやしなかった。
 朝まで烈しい情交を幾度も続けたせいか女の表情には疲れが滲み、頬には幾筋ものの跡があった。
 一刻ほど後、女将が再び覗いた時、女はに眼を開いていた。一糸纏わぬあられもな身体を惜しげもなく晒し、惚けたように褥座り込んでいた。
 むろん、朝飯には一切手を付けてはいない。 女の瞳からは既に生気―生きようとする思も力も失われていた。
 それにしても、きれいな女だと思った。 これまで多くの女を見てきた。ここ随明門前道に建つ出合茶屋?むらさき亭?の女となって既に十年余り、初めはこの店も表きは小料理屋として営業していた。が、内は仲居に座敷で客を取らせる色宿であった。 ゆえに、今でもこの店は見た目は小料理風につしらえてある。恐らく、並んで建つの幾つかの出合茶屋も似たようなものだ。 他の店がすべて出合茶屋として営業してたため、むらさき亭も二、三年めからは出茶屋として商売をすることになった。客がるかどうか心配していたが、この世には三―つまり物欲、食欲、色欲―あるというけど、結構、束の間の情事を愉しむ客たちがく利用し、ほどほどの儲けはあった。
 こんな風に、自分の意思なぞ端からないうに扱われ、男に嬲り尽くされる女を見る度女将は厭でも我が身の来し方を思わずにはられない。
 岡場所で女郎として働いていた時代、晴て年季明けまで勤め上げた後、さる大店の居の囲われ者になって、庇護を受けて過ごた。
 隠居は淋しい身の上の人だった。若い頃凄腕の商人として一代で身を起こし、江戸も名の知れた呉服太物問屋を開いたのだ。 倅に身代を譲った後は、恋女房にも先立れ、倅の嫁と折り合い悪しく家を出た。女は隠居が家を出る前から既に一軒家を与えれていて、隠居はその妾の許へ引っ越してた。
 隠居はそこで亡くなるまでの数年を過し、最期を看取ったのも女将一人であった危篤状態であることを告げても、倅はおろか奉公人一人、店からは来なかった。亡くなた翌朝、奉公人と倅が来て、法外な金包とき替えに、隠居の亡骸を引き取っていった。―この金で、今後、当家とも店の方とも一切拘わりはご無用にお願いします。
 つまりは手切れ金ということだ。
 今にもくたばりそうな爺ィを押しつけて最後まで面倒を見させたには少なすぎる額と思ったが、口にはしなかった。
 隠居からはずっとまとまった金を貰ってたし、それらは殆ど手を付けずに貯めていた特に隠居の世話料というのは出ていなかっが、たかだか老人一人の面倒を見たからとって、それほど金はかかるものではなかったあの生っ白い倅や高飛車な番頭はいけ好かいが、隠居その人は良い人だった。流石に介の行商人からたたき上げた苦労人だけあて、人の心、人情というものを心得ていただった。
 女将のことも実の娘か孫のように可愛がてくれた。深川の遊廓で出逢った頃はともく、晩年は時々、褥の中で裸の女将を腕にいて眠るだけで、男女間の営みも殆どなくっていた。
 妾時代に溜めた金を元手に今の商売を始たのが、ここの女将になるきっかけだった。 そんな女将であってみれば、あまたの商女を眼にしてきたが、この女の美しさは並はない。
―それに、膚のまぁ、きれいなこと。
 光り輝くというのか、しっとりとした真を思わせるようなつややな光沢のある膚。理は細やかで、男の愛撫で桜色に色づけばより美しかろう。
 何より、瞳が良かった。内面の光輝が滲出ているというのか、女の優しさとか人柄良さといったものが冴え冴えとした黒い瞳表れている。
 すごぶる美人というわけではなく、ごく通の美人ではあるが、光り輝く膚の雪のよな白さがその並の美しさを極上と言って良ほどに変えている。例えていえば、かすか紅色に染まった純白の百合の花、更にそののひとひらに朝露を置いたような、そんな情の女だ。
 女の女将が見てさえ、思わず眼を奪われほどの美貌、匂いやかな色香がある。あのがこの女にあれほどまでに溺れているのも理からぬことといえた。
「何も食べないで、一体、どういうつもりえ。見せつけに飢え死にでもしようって算かい」
 二度目に覗いたときも、まだ女は裸のま虚ろな眼をして座っていた。女の向かいにり、女将はわざと蓮っ葉な口調で言った。「とにかく、何か着たらどうなんだい」
 言ってやると、女はゆっくりと首を振る。 女将は周囲を見回して、呆れ顔になった。「なるほど、そういうことかえ」
 何とも念の入ったことに、あの侍は女のにつけていた着物をすべて持ち去ったらい。つまり、目下のところ、女が着物を着うにも、着ていた着物がご丁寧に長襦袢や紐に至まですべてなくなっているのだ。
 そういえば、帰り際、あの男が何度も言ていたっけ。
 女にはあらかじめ用意していた緋色の長袢以外は一切身につけさせてはならない、と。「全く、あの男はうちの店を女郎屋と勘違してるんじゃないだろうね」
 女将は大仰に溜息を洩らした。
「まぁ、客を取る女郎じゃあるまいに、あなもの着たくもないだろうけど、幾ら何でそのままんじゃ風邪を引いちまうよ。厭でも着ておくんだね」
 女将は衣桁から長襦袢を取ると、女の剥出しの肩にかけてやった。
 女は別に抵抗もせず、ただうつむいていだけだ。まるで人形が着物を着せかけられいるように微動だにしない。
 女将はそんな女を見て、また吐息をついた。「あたしは、あんたみたいな娘をたくさんたよ。あたしは、たった二人きりの姉さん同じ女郎屋に売られてね。初めて客を取っ水揚げの夜、姉さんは自分で生命を絶ったあたしより四つ上の十六だったけ。あんた―あのときの姉さんと同じ眼をしてる」
 女将が話している中に、虚ろな女の眼にすかに光が戻った。
 女将は、女の眼を見ながら、ゆっくりと葉を紡いでゆく。