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石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 目まぐるしく思考を回転させながら、油なく周囲の様子も眼に入れておく。どう見も、この部屋は二階だ。通りにでも面してるのか、障子窓はすべて閉(た)て切っている。にそこから脱出できたしても、飛び降りれば下手をすれば生命はない。運が良くても大我をすることになろう。
 他に出入り口になりそうなものは、当然ことに廊下側の襖。ここから出入りするの真っ当な考え方ではある。窓から出ること叶わぬというのであれば、正攻法も正攻法ここの襖を突破するしかないのだけれど。もや、嘉門が眼の前に立ちはだかっているいうのに、正面の出入り口から逃げようなとあの男も思わないはず。
 とかにく、他の方法がないのなら、一かか試してみるのも悪くはないだろう。
 刹那、お民は布団に上半身を起こし、素く立ち上がった。咄嗟に身を翻し、逃れよと試みる。
 ダッと部屋を横切り、襖に手をかけた。「助けて、誰か、お願いです、助けてッ!」 お民は助けを求めながら、襖を開けようした。
 幸いにも襖を全開にし、転がるように廊に出ることができた。
「誰かっ、助けて」
 廊下を大声で叫び、走って逃げた。廊下体は短い、並んだ部屋も片側だけで三つくいしかない。廊下の途切れた先は階段が見た。あれを降りれば、もしかしたら活路をつけられるかもしれない。
 お民がわずかな希望を持った時、階段のこうからひょいと人影が覗いた。
「おや、旦那。もう、お帰りですか」
 襟元をしどけなくくつろげた女は年の頃四十前後といったところか。紫と黒の縞の物を粋に着こなしている様はなかなかの美ではあるが、どう見ても商売女のようにし見えない。
 女は片手に黒塗りの盆を持っていた。そ上に、銚子と盃が二つ、乗っている。
「ご酒でもお上がりになる頃合いかと思ってお持ちしたんですけどね」
 この女が今のお民にとっては地獄に救い仏となるかもしれない。お民は夢中で女にった。
「お願いです、どうか、私を助けて下さい」「助ける―?」
 女が胡散臭げな眼つきでお民を見、更に門を試すような眼で見た。
「旦那、道端で知り合いの女がいきなり倒たから連れてきたっていう旦那の荒唐無稽お話をこのあたしが真から信じていたとでお思いですか? 幾ら何でも、話ができすてますよ。旦那がぐったりしたこの女を連てきた時、すぐに何か訳ありだとは思いまたけどね。ま、あたしとしては金にさえなゃあ、商売ですから、それで良いと思ってを瞑るつもりでしたけどね。やっぱり、かわかしてきたんですね、その女」
「お願いです、私を亭主の許に帰して下さい」 この女の気持ち一つで、お民の運命が変る。流石に涙が溢れた。涙に濡れた眼で懇するお民を無表情に見つめ、女は小さく肩すくめた。
 嘉門が懐から銭入れを取り出し、無造作放った。
「金が更に入りようだと申すのであらば、れで眼を瞑れ」
「フン、人の脚許を見やがって」
 女は口汚く毒づくと、素早く銭入れを拾上げ、中身を確かめた。
「マ、ようござんしょう。それにしても、さか、あたしも自分が女衒紛いのことをすとは思いもしませんでしたよ。ですが、旦那厄介事だけはご免ですよ。その女をどこか攫ってきたのかは存じませんけど、聞けば亭主持ちのようじゃないですか。それだけ器量と色香持ってる女は滅多といませんら、旦那がご執着なさるお気持ちも判らなじゃありませんが、危ない橋の片棒を担ぐは厭ですからね」
「―と、いうことだ。良い加減に諦めて、人しくしろ」
 嘉門に荷物のように肩に担ぎ上げられ、民の悲鳴が響き渡った。
「いやっ、お願いです、助けて、私を助けて」 お民が泣きながら手を差しのべる。
「お生憎さま、あたしャ、金のために身体売る女ってのを厭になるほど見てきてね。く言うあたしも元を正せば岡場所の女郎上り。金のために実の親に売られて、まだ月ものもなく股の開き方もろくすっぽ知らな十三の歳から客を取ってきたんだよ。男に理やりやられちまう女なんて、それこそ見れてるからね。それに、あんたが幾ら泣こが叫ぼうが、あたしは出合茶屋の女将、客ら貰えるものを貰えば、後は知ったことじないのさ」
「―そんな」
 お民の口から悲痛な呻きが洩れた。
「酒は良いから、朝まではもう近づかないくれ」
 嘉門がぞんざいに顎をしゃくると、女将淫らにも見える艶っぽい笑みを浮かべた。「それはそれは、では、どうか朝までごゆくりお愉しみ下さいませ。邪魔者は退散致ましょう」
 女将がまた階段を降りてゆく。脚音が聞えなくなると、嘉門はお民を担いだまま部に入り、襖を閉めた。
 緋色の褥にお民を乱暴に放り投げる。
「全く、どこまで世話を焼かせる女なのだ」 嘉門の口調にはかなりの苛立ちが混じっいた。
「お願いだから、もう、こんなことは止め下さい。お願いですから」
 我慢もこれまでだった。ぎりぎりまで追込まれ、お民の中で緊張という糸がプツン切れた。
 怖くてたまらない。
 嘉門の屋敷で過ごした夜の記憶が次々にる。到底口にはできない恥ずかしいようなとも、命じられれば従うしかなかった―。んな夜を繰り返す中に、いつしか身体は嘉の巧みな愛撫に馴らされ、快感を憶えるよにさえなっていったのだ。
 また、あんな辛い恥ずかしい想いをしなればならないのかと考えただけで、胸が張裂けそうになる。
「私、厭なの。だから、だから、もう、こなこと」
 お民が恐怖に戦慄きながら、呟く。
 嘉門の手が伸びてきた。
 お民は恐慌状態に陥り、無意識の中に両を振り回して抵抗した。
「いやーっ」
 嘉門が舌打ちを聞かせた。突き出した右手首が掴まれる。続いて、お民は褥に引きり倒された。背中を強く打ち、一瞬、息がまりそうになる。
「馬鹿な女だ。大人しう俺の意に従うておば、みすみす痛い想いなどせずに済んだもを。まあ、良い。じゃじゃ馬馴らしを久しりにとくと愉しむとするか」
 その時、お民の耳奥で懐かしい声音がこました。
―俺は待つよ。お前が昔のように俺を受けれられるようになるまで、いつまででも待つ。 深い心を包み込むような声音は源治のもだ。半月前、源治をどうしても受け容れるとができなかったお民に、源治がくれた言である。
―お前さん、私、また、この男に捕まってまった。折角、お前さんとまた元のようにらせると思ってたのに。
 そう思った途端、お民の中でやるせないしみと憤りがふつふつと湧き上がった。
 何故、この男は自分の、いや、自分と源のささやかな幸せをたたき壊そうとするか。市井の片隅で肩を寄せ合って生きていうとする自分たちを追いつめようとするのろう。
 許せない!!
 お民は咄嗟に頭から簪を抜いた。
 梅の花を象った簪は、けして高価な物でないけれど、今年の正月に源治が買ってくたものだ。随明寺に初詣に出かけた後、二並んで町を歩いた。その時、源治が所帯をってから初めて、身につけるものを買ってれたのだ。
 かつて嘉門の屋敷で暮らしていた頃のよに豪華な簪ではなかったが、お民にはこちの方が数倍、いや比べものにならないほど重なものに思える。
「あなたなんか死ねば良い」
 お民は抜き取った簪を両手で持ち、頭上く振り上げた。嘉門に向かって勢いつけてり下そうとした。
 この男さえいなければ。
 この男が自分たちの幸せを粉々に打ち砕うとさえしなければ。