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「舞台裏の仲間たち」 72~73

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黒光 「碌山。貴方は、才能にあふれすぎる芸術の原石です。
   ロダンに学んだ貴方の彫刻には、命の奇跡さえも表現をすることが
   出来るでしょう。
   たぐいまれなる貴方の才能の源泉は、
   激しすぎるほど自分を見つめることが出来る、
   その眼光の鋭さでしょう。
   凡人には感知しえない感情の深遠までも探り当ててしまう、あなたの感度の鋭さが
   貴方には、もろ刃の剣になるのです。
   相反するものを表現しきれるあなたの技量は、本物です。
   優しすぎる貴方は、その凶暴すぎるほどの才能を」
   やがて持て余すかもしれません。
   現に、私への思慕の気持ちさえ持て余しているではありませんか。か
   抑えなさい、碌山。
   愛は奪うものではありません。
   愛は惜しみなく与えるものであって、見返りなどを
   望んではなりません。
   かつてのクリスチャンならまた当然の理にあるでしょう。
   耐え忍び、生きていくこともまた人の人生です・・・・」

・・・・・・

 「この場面は難しい」一声唸って、西口が天井を見上げたまま
腕組みをします。
しかし聞こえぬそぶりの順平は、座長たちと並んで立ったまま、
稽古場の中央で、熱を帯びて本読みを続けている雄二と茜に神経を
集中しています。


 「たしかに、碌山の作品への葛藤を表現するのは難しい。
 舞台設定をどうするかも、この場面にかぎってはたしかに難解だ。
 こうなったら、昔、市長賞を取った西口の、
 野生の感と、ひらめきに期待するしかないだろう・・・・
 たまには舞台美術の担当にも、本気で仕事をしてもらおう。
 美大の卒業生もいることだし、いよいよ我が劇団も
 本格的な前衛的舞台つくりの時代に突入したようだ。
 うん、それもいい傾向だ」

 苦渋している西口と小山君を尻目に
座長が順平と目を合わせながら、にんまりと笑っています。
   
 「愛は芸術なり。相克は美なり」という有名なロダンの芸術思想を
そのまま継承した碌山は、このうえなく甘美な、しかしまた
救い難い葛藤と愛憎とに彩られた世界に自らの魂を投じ、そこに
彫刻表現の根源を求めようとしていました。
「愛の相克」というテーマ―がもたらす美に、文字通り命をかけて
製作にとりくんでいます。


 青春期に安曇野で出遇って以降、若くして他界するまで、
碌山の黒光に対する深い思慕の念は、終始変わることはなかったようです。
相馬愛蔵が安曇野に愛人をつくり、黒光との不和が囁かれるようになると、
碌山は黒光母子を連れて渡米することさえ考えたとも言われています。
その苦悩ぶりは、並大抵のものではなかったことでしょう。

 しかし、黒光はそんな碌山の激情を鎮め制するかのように
ひたすら中村屋の家業の繁栄のために、精魂を傾けていくばかりです。
碌山の苦悩は、果しなく深まっていきます。