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「舞台裏の仲間たち」 70~71

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黒光 「また家出をしたの。
   激しく燃え上がる情熱は分かるけれど、
   あなたはどうしてそこまで見境が無いの。
   自分を抑えて時を待たなければ、好機も未来もやってはこない。
   あなたはいつまでたっても自分のことばかり、
   もう少し、自分を律することも学びなさい」


碌山 「良さん。私には、時が凄い勢いで過ぎていく。
   この胸がときめいているうちに私は油絵の本当の世界が見たい。
   アメリカへ行って絵を学びたい、
   ヨーロッパへ行って本当の芸術の世界に出会いたい。
   もうこんな田舎に居ることが、歯がゆくて、悔しくて、
   どうにも私にはいたたまれない」

黒光 「私がこの安曇野に嫁いできたのは、
   ワーズワースのロマン派詩人たちが描いていた田園生活に
   深く憧れていたからです。
   四季おりおりの穂高や安曇野の景色はたしかに美しく、
   どこまでも私の魂を、存分に魅了をして温かく癒してくれます。
   心は充分なまでに満たされてたと言うのに、
   田舎での日々の畑仕事や、蚕の世話などが、激しく
   私の神経を擦り減らしてしまいます。
   何をしても農家の皆さんの足手まといばかりです。
   田舎ゆえの粗野な付き合いかたや、古臭い習慣や因習にも
   私は、馴染むことができません。

    でも此処は、それらを承知で私が選んだ新天地です。
   時として、夢と現実がおおいに矛盾をします。
   あれほどあこがれてやってきたこの安曇野での田舎暮らしが、
   哀しい事に、今は私の精神を押しつぶそうとしています。
   あなたが海外の芸術に必死になってあこがれているように、
   今の私も、芸術や文化の高い香りがあふれている、あの都会の空気が
   懐かしくて、恋しくてたまりません。
   あなたがこの安曇野に見切りをつけて、遠い外国に
   芸術の夢を託すように、わたしもまた再び人々が雑沓をする、
   あの都会へと帰りたくてたまりません・・・・」


碌山 「良さんから吹いてくる、都会の風はきわめて斬新で素敵です。
   安曇野には美しい景色が溢れていますが、貧しさの中に
   暮らしているだけではいつまでたっても、古い日本のしきたりと
   田舎の風習からは抜け出せません。
   新しい芸術と、文化の息吹を運んできた良さんと一緒に
   私も都会に出ていきたい・・・・
   新しい無限の可能性を求めて、私も都会を目指したい・・・・」


黒光 「私が、相馬家へと嫁いできたのは、
   ひたすら自分自身の再出発を望んでのことです。
   学生時代の自分と、それまでの行き方と、
   はっきりと決別をつけるつもりでこの信州へ、
   相馬のもとへ嫁いで来ました。
   書きかけた小説の失敗と挫折、男性たちとの往来の難かしさ、
   あの頃の世間の無理解ぶり、新聞による私への中傷記事、
   それらのたび重なる現実が私の中にある、文芸への
   夢を打ち砕いてしまいました・・・・
   幾多の才ある女性たちが、文芸への道に志を抱きながら
   筆を折ってしまった隠れた裏には、まったく私と同じように
   これに良く似た、絶望と幻滅があったものと察しています。

    しかし、見きりをつけたはずなのに、
   文芸への道をあきらめて、安曇野の相馬家へ嫁いできたというのに、
   私はまた、ここでの田園生活に馴染む事ができず、
   こうして健康まで害してしまいました。
   守衛、あなたは諦めることなく、都会をめざしてがんばりなさい。
   傷ついたわたしは、仙台の実家に戻ります。
   こんなにも、素晴らしく美しい安曇野の地に、
   なぜ、私の居場所だけが無いのだろう・・・・
   それが一番、辛い、それだけが、一番悔しい・・・・」