「舞台裏の仲間たち」 68~69
「色彩や空間感覚に関しては、
お二人とも美術のプロですので、さほど心配などはしていません。
お手の物だと思って大いに期待をしているくらいですから」
思案顔の二人を前にして、順平がさらりと言ってのけます。
まずは少しでもいいからその辺のイメージが欲しいところだな、と、
西口がつぶやいた処へ、女性陣と石川君、雄二が食材と酒を持って到着をします。。
「おい主演女優が到着だ」という小山の声に、西口がすかさず反応をします。
「茜ちゃん、丁度いいところにやってきた。
頼みがあるので、台本を持ってちょっと此処まできてくれないか。
酒の支度は残った人に任せて・・・・
おお、そうだ、相手役は雄二でいいか。
おい、お前も台本を持って、ちょっと此処に来い」
呼ばれた二人が、稽古場の中央に立ちます。
「うしろには、北アルプスを屏風のように立てひろげて、
隅々にまで、紫雲英(れんげ)の花絨緞(じゅうたん)を敷きつめた
風景がある。と書いてあるが、たしかにこれで、
安曇野の初夏の雰囲気はわかる。
だが、色と光だけでそれを表現しろというのは、どういう意味だ。
景色を書けと言うのなら簡単だが、
空間を描けとかいてあるぞ、この台本には。
順平君、これはどういう意味だ」
「そういう空間を演出してください、と言うだけの意味です。
空間と言うよりは、穂高の空気を感じさせるような情景を色あいと
光の加減で、表現をしてくださいと言うお願いです。
例えば、天井には真っ青な空をイメージするような青い光を当て、
中間部には緑の山々を感じさせる薄い緑色を使って、
床には、草やレンゲ草を思わせるような色彩をちりばめる・・・・
こんなイメージででどうですか」
「実に簡単に大胆なことを言うね君も、途方もない話だというのに・・・・
と言うことは、この稽古場の空間のすべてに、
光と色を充満させろと言うことだな。
ずいぶんと無茶な注文を、さりげなく口にするもんだ。
この新進で規格外の脚本家は」
西口が腕を組むと高さを誇る三角の、のこぎり屋根を見上げます。
天井までは普通の民家の約2倍、2階建ての屋根ほどの高さがあります。
床一面に置かれた織物機械を動かすために、天井に近い部分にモーター用の
シャフトを通してそこからベルトで駆動輪を回していたために、
構造的に必要とされた高さです。
北側の斜面に取りつけられた、大きな開口部の明かり採りの窓からは、
10月なかばの明るい月の光が差し込んできています。
作品名:「舞台裏の仲間たち」 68~69 作家名:落合順平