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「舞台裏の仲間たち」 68~69

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 「天井までは充分な高さが有るから、照明だけでも十分だろう。
 ただし床や壁面は、色を変えるためにホリゾントの効果が必要になる。
 代用の布でも紙でも問題は無いが、とりあえずすべての面に
 張るようになるか。
 なかなかの、大工事だぜ」

 中央に立ちすくんだままの雄二が、しびれを切らせて西口を呼びます。

 「あのう・・・俺たちは一体何をすればいいんですか。
 このまま、ここに立ちすくんでいても、
 なんの役にも立たないと思いますが」

 「おう、忘れてた。
 そこで、茜と二人で台本を読んでくれ。
 まだ本読みの段階だから、感情は込めずにただの棒読みでいいぞ。
 演技をしろって言ったって、ど新人の今の雄二には無理な話だからな。
 碌山のセリフだけでいいから、読んで茜を補助してやれ」

 「西口さん、旨く読めたら僕に次の主役をくれますか?」

 「やるやる、やるから早く読め」

 「あまり誠意を感じませんが・・・・」

 そういいながらも、まんざらでなさそうに雄二が台本をめくります。
茜も第一幕目のページを開けていきます。


 初夏に近い春の昼下がり、荻原守衛(のちの碌山)と、
相馬良(りょう)黒光は、明治30年(1897)に、矢原の田んぼ道で
出会いを果たしています。
17歳の守衛は、午前中の農作業を終え北アルプスに向かって
写生をしています。そこへ相馬愛蔵と結婚して穂高入りをしたものの、
心身の状態が優れず、柏矢町の臼井医院で診察を受けるために、
良が歩いて来ます。
良は守衛の4つ年上で、美貌のインテリ女性としても知られハイカラな洋傘を差しています。

 17歳の農業青年とはいえ、文学を好み、絵を描き、
自己研さんに励む守衛にとって、この日のまったく思いがけない
良と2人きりで会話をする機会が訪れたということは、どれほどの喜びで
あったのか、胸の鼓動までが聞こえてきそうです。
相馬家の嫁として都会からやってきた、理知にあふれた良の美貌ぶりに
遠くから初めて見た瞬間からすでに守衛は虜(とりこ)になっていました。


 この出会いを振り返った良の文章が残っています。

「矢原の田圃みちに、山を見て立っている1人の少年があった。
木綿縞(もめんじま)の袢纏に、雪袴(ゆきばかま)を穿(は)いて、
それでひとしおに、ずんぐりと小肥りに見え、まるい顔が邪気なく初々しかった」



 ・・・・・・

黒光 「ごきげんよう、こんにちは。
    先日、愛蔵の禁酒会でお会いをした守衛さん。
    あの美しい輝く穂高の山は、なんとよぶのでしょう」

碌山 「黒々と光るのは常念岳。
    白馬のように残雪の形が残り、田植えの季節を駆けていくのは乗鞍。
    いずれも安曇野の美しい水を育む山たちです」


(70)へつづく