[短編]魔女と大鎌
わたしはここに決めた。
先ほどの笑い声からして、6人はいる。
往来で蜘蛛のように巣をはるのは、不効率だ。
だからといって、都会のような場所へ赴いて、一気に何十人も相手にしようとすれば、返り討ちに遭うか、あるいは“マナ”の枯渇によってわたしが命を落とすことになる。
だから、こうして地方都市の住宅街に赴き、所帯を物色しつつ、邂逅者を刈り取っていく。
これなら魔力を必要とせず、かつ安全確実に魂を集めていける。
わたしは家の門を開いた。
きいぃ。と鋭い音が響く。
ちょうどいい。わたしのような存在の到来に相応しい、耳障りな音だ。
『誰かしら?』
怪訝そうな女の声が聞こえる。
これもまた、ちょうどいい。
来訪者を訝しむということは、家族は揃っているか、少なくとも当分の間来訪者の予定が無い、ということ。つまり邪魔者が現れない、ということだ。
わたしはつかつかと玄関までの道を進んでいく。
インターホンの類が玄関前についていればよかったのだが、あいにくそれは門のところにしか無かった。
扉にたどり着くと、そこでゴン、ゴン、と音を立てて扉を叩く。
一気に家中の警戒心が強まるのがわかった。
先ほどまであった愉快そうな声の数々がぴたりと止んで、こちらに耳をそばだてているのがわかる。
まるで小動物かなにかのようだ。
扉の向こうに気配。
『どちらさまですか?』
男の声だ。恐らく家長のものだろう。
わたしは声を上げる。
「あの・・・すいません・・・・・・。扉を・・・・・・」
普通の女の声だったら、恐らく扉の向こうの男は鍵を開けなかっただろう。
だが、わたしの喉から発せられたのは、年端もいかない、いかにも弱々しい少女の声。
男が慌てたように覗き窓を覗くのがわかった。
男の目に映っているのは、その声に相応しい、齢10を過ぎた程の幼い少女。それが血に染まっている。
男には、わたしが加害者ではなく、被害者に見えることだろう。
はっ、と息を飲むような気配。
おそらく背に隠した大鎌も見えているだろうが、そのような見慣れないモノ、男に果たして凶器に映るかどうか。
案の定、男は慌てたように扉の施錠を外す。わたしを心配してくれたのだろう、そうなのだろう・・・。
ため息を吐きたくなるくらいに、簡単なこと。
かちゃり。
音を立てて扉が開いたその瞬間。
わたしは背中から大鎌を持ち上げ、開いた扉の隙間から一気に滑り込ませる。
何かを断裂する、小さな抵抗。
ぼとりと、重いモノが落ちる音。
わたしは扉を引き、呆然と立ち尽くしている男を無視して、扉を閉める。
男はいかにも善良そうな人間だった。
目元は穏やかで、肌は白く、身長は170㎝ほど。玄関の床におちた右手を見ると、それが先ほどまで幼い子供の頭の上に置かれていたことが想像されるような、優しい手だった。
男は恐る恐ると言ったように、自分の右腕を見る。刹那、口が大きく開かれる。
面倒だ。叫ばれると人が集まる。
ぶんっ、と重い音を立てて、大鎌がひらめく。
悲鳴が男の喉から溢れ出すその瞬間、大鎌の刃がその首を断裂していた。
ふわりと男の首元が浮いて、地面へと落下していく。
ごん、と不気味な音を立てて、玄関の床に首が転がり、頭部をうしなった男の身体が脱力してその場にくずおれる。
さあ始まった。
ここからは時間との勝負。
出来るだけ俊敏に家中のものを全員口をきけなくさせて、それから魂を吸い取る。
あまり時間を掛けては魂が抜けきる。それに助けを呼ばれるのも厄介だ。
わたしの目的は殺すことではなく、飽くまで魂を吸収すること。
わたしは土足のまま玄関にあがる。
靴が男の血に浸っていたためか、ぐちゃぐちゃという湿った音が響く。
見ると、廊下の先に開いたドアがあり、そこから女がこちらをのぞき込んでいるのがわかる。
呆然として、悲鳴も出せないのか、近づいてくるわたしをただ立ち尽くして見るばかりだ。
ちょうどよく首がでていたので、わたしは遠慮無くその首を切り落とさせてもらうこととする。
女の頭が転がり、肉体がくしゃりと床に崩れ落ち、奥の方から赤子の鳴く声がする。
まあ赤子は泣いていて良い。不審ではないから。
わたしはリビングへと入り込む。
室内の光景を見て、わたしは思わず笑い出しそうになってしまった。
人数は5人。祖父母に兄妹。赤子は祖母が抱えて、ご親切なことに、食卓を立ち、ひとかたまりに集まってくれている。
わたしは素早く肉薄する。思い切り大鎌を振りかざし、勢いをつけて振るう。
だが、力が足りなかった。
3人ほど切ったところで、兄妹の兄の方の背骨でつかえてしまった。取り残したのは妹の方と、赤子。
妹の方は半身を真っ二つに切られた祖父母と、身体の中程まで鎌が食い込んだ憐れな兄の様子を見て、わなわなと唇を振るわせて今にも叫び出しそうだった。
大鎌は骨に引っかかって抜けない。
妹がひゅっ、と息を吸うのがわかった。
わたしは鎌から手を離し、少女の口を塞ぐ。
「さけぶな」
精一杯威圧した声を出そうとしたのに、出たのはやはり、少女の声。嫌になる。
妹の方は、血まみれのわたしに口を押さえられて、益々恐怖が募ったためか、ただただ首を縦に振っている。
わたしはよし、と言って手を離す。だが当然この少女も後で殺す。
その前に。
先ほどから耳元でぎゃんぎゃんとうるさく喚く赤子を先に黙らせよう。
わたしはしゃがみ込んで、赤子の首に掛かっていたナプキンをはぎ取ると、それを無理矢理口に押し込めた。
わたしは最後の生き残りの少女を見る。
「そんなことしたら・・・・・・赤ちゃんが・・・・・・」
少女は懇願するようにわたしを見つめてくる。
わたしは立ち上がって、少女を見下ろす。
背格好はわたしと同じくらい。ならば年齢は10歳くらいということだろう。
利発そうな顔立ちをしている。およそこのような惨事には縁遠い、綺麗に整った容姿。
わたしは黙って兄の方に突きたったままの鎌を手にする。
ぐりぐりと刃を動かすが、思った以上にがっちりと引っかかってしまったようだ。
少年の身体の方を足で押さえて見ても、どうにも抜けない。
構わず刃を引き抜こうとしていると、不意に、大鎌自身が、泣き叫ぶように低いうなり声を発し始めた。
これは経験したことのないことだった。
この大鎌自身が、まるで意志を持ってここから動くまいとしているようだった。
わたしは舌打ちをして、大鎌を一瞥する。
ならば・・・。
わたしは大鎌の力を発動させる。
これで少年の魂を身体ごと吸収してしまえばいい。
が・・・、鎌は発動しない。
そんな馬鹿な・・・・・・。
この大鎌に意志があるとでも・・・・・・。
いや・・・・・・。
不審に思って、少年の胸に耳を押し当てる。
「・・・・・・なるほど。しぶといな」
わたしの耳には、とくとくと、微かながら少年の鼓動が感じられる。あいにく即死では無かったようだ。
恐らく少年は今、気絶している状態なのだろう。
この大鎌、クレセントサイズは、生きている者から魂を吸収することは出来ない。