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「舞台裏の仲間たち」 66~67

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 「だから私が迎えに来たの、と、たったそれだけを言いきるの。
 だから帰ろうって、また泣くの。
 後のことなどは一切何も言わない癖にそれだけは、妙にはっきりと言うの。
 不器用なくせに、相手を説得することもできない癖に
 身体いっぱいで、そういう風に表現をするんだもの・・・・
 茜は、まったく、いつまでたっても的を得ない
 いまだに下手な女優だわ」

 ちずるが、滲み始めた目じりの涙をぬぐっています。
「帰らないわけにいかないでしょう、そこまで茜にいわれたら」潤んだ瞳が
レイコと順平を交互に見つめます。

 「時絵といい、レイコさんといい、順平くんといい
 劇団の仲間たちの優しい気持ちが、今の私には痛すぎる・・・・
 今すぐにでも飛んでいきたい気持ちの自分がここに居ても、
 座長の本心は、私には解らないもの。
 逢いたいけど、逢いに行けない臆病な自分がここに居るの。
 だから、いち早く茜が来て、
 笑顔のレイコちゃんも来てくれた。
 でもね、順平君、
 茜は、黒光からいったい、何をみつけたのかしら。
 あの子の中で変ったものはなんだろう・・・・」

 「それは僕にも解りません。
 本(脚本)の大部分は書きあげましたが、
 まだ実は、最後の黒光の長い独白の部分が完成をしていません。
 黒光が、最後に長い告白をする場面が有るのですが、
 そこでの本当のテーマ―が僕の中では、まだ見えてこないのです。
 黒光の経歴を追いながら、碌山とのドラマチックな愛の場面を見せ、
 素晴らしい彫刻作品の話を書いても、
 まだ、黒光の生き方の真意と本音が見えてはきません。
 はっきり言って、結論をに行き詰まっていました。
 ただ・・・・たった今、また
 ひとつのヒントはもらいました。
 なにかが、おぼろげながらまた見えてきました。
 座長が碌山とすれば、今のちずるさんは黒光だ・・・・
 人が人らしく生きるために今必要なものは何なのか、おぼろに
 また、見えてきました」

 「テーマが見えたのですか・・・・私の中に? 」
 
 「あきらめた瞬間に、すべてが終わります。
 碌山が作りあげた『女』は彼の絶作ですが、実はそこから
 物語が始まりました。
 碌山の黒光への秘めた思いや愛情は、彼の日記が焼かれたことで
 愛の証拠は、すべて形の上では消滅をしました。
 しかし黒光が心底願っていたのは、
 碌山が、生きて生き抜くことに期待を寄せていたのだと思います。
 病に打ち勝ち、生きるためにたたかい続ける碌山に、
 実は、大きな望みを託していたと思います。
 相馬愛蔵の妻として、中村堂の経営者の一人として
 芸術家たちのパトロン役を務めてきたのも、どこかで碌山と共に生きる
 可能性とその未来を夢に見ていたかもしれません。
 9人もの子供を産み、育てながら、なおかつ、
 碌山との行く末に、夢を描いていたのかもしれません。
 人は生きることにこそ、その意味があります。
 碌山が病に打ち勝って、生き続けていたならば、
 実は、その先でまったく別の未来が開けていたかもしれません・・・・
 ふと、そんな風に考えました。
 運命を受け入れて、座長はこれから長い病と向きあわなければなりません。
 その時に誰が必要なのか、茜さんは本能的に感じたのだと思います。
 一番先にそれを見つけたのが、茜さんでしょう。
 その思いだけで、必死に此処まで来たのだと思います。
 人を本気で愛するようになると、
 ちゃんと自分の回りが、見えるようになります。
 おそらく碌山と黒光も、そういう大人らしい、
 高い次元の恋愛だったと感じました。
 茜ちゃんはもうしっかりと、自分の意思で歩き始めています。
 次は、ちずるさん、
 あなたの番だと私も思っています」
 
第三幕・第一章 (完)