「舞台裏の仲間たち」 66~67
「たぶん、座長の診断書を見てしまったせいでしょう。
仕事が手につかなくなり、ずいぶんうろたえてしまったと泣いていました。
気がついたら電車に乗っていて、遠い昔の記憶を辿りながらやっとのことで
深夜までかかって、茜が此処までやってきたのです。
そりゃぁびっくりしました・・・・
でも、10年ぶりに突然訪ねて来たくせに、後は何を聴いても泣くばかり。
お姉ちゃんの顔が無性に見たくなったから突然やってきたと、
それだけ言うのが精いっぱいで、
ほんとうにたくさん泣かれてしまいました。
座長の病気のことは、翌日の朝になってからぽつぽつと語り始めました。
それは承知したけど、それでは、
あなたは何しに此処へ来たのと聞いたら、
『迎えに来た』とだけ言ってくれました。
座長の診断書を見た瞬間に、お姉ちゃんを迎えに行かなければと、
それだけを考えていたそうです・・・・」
「そうですか、茜ちゃんが此処まで。
茜ちゃんは、お姉ちゃんが大好きだといつも言っていましたからね・・・・
それにしても、その日のうちに飛んでくるとは
びっくりさせられることばかりです。
黒光を演じたいと言い出した時も、おおいに驚きましたが
ここまで、一人で来る行動力も、また大したもんです」
「何かがあの子を、動かし始めたようですね」
ちずるがレイコを振り返ります。
「レイコちゃんの笑顔が、人の気持ちを動かすように、
茜は、本当に人を好きになったことで、
自分を動かすための原点を見つけたようです。
いつも受身ばかりで、頼まれればと嫌と言えずにいた子が、
やっと自分の意思で歩き始めました。
その勢いが、座長の窮地を知った時に
ひとりで、此処までやってくる勇気を産んだようです。
でも私は冷たく別れてしまった後だもの、もう赤の他人の出来事で
私にはまったく関係の無い話でしょうと言ってしまいました。
そしたらあの子、何て言ったと思います」
口元に、その時のことを思い出して微笑を浮かべたちずるが
嬉しそうに目元を細めてから、またその続きを静かに話し始めまス。
作品名:「舞台裏の仲間たち」 66~67 作家名:落合順平