『愛情物語』 ノクターン第2番 op.9-2 (ショパン)
希は目を開いて、冴子に顔を向けた。
「冴子ちゃん、それは私が言う事。ドナーとして生まれて、生かされて、生きてるのがずっと怖かった。ねぇちゃんが死んでも両親にとっては、私はねぇちゃんの代わりでしかなかった。今まで、恋をしたこともない。なぜ生まれてきたんやろ、っていつも考えてた」
希は微笑んで言った。
「写真がな、その下にある。お父ちゃんとお母ちゃん。ねぇちゃんのは、お母ちゃんが処分してしまったみたい。けど冴子ちゃんは、ねぇちゃんそのままや」
冴子は、小さな本棚に立てられているフォトブックを取り出して、広げた。滋も肩越しに覗き込んでくる。
「サエは、母親似、やな」
「笑った時の顔は、お父ちゃんに似てると思います」
と、希は冴子を見つめて言った。
母は黒いロングドレスを着て椅子に座り、ハープの弦に両手を添わせて演奏している姿。
父はチェロを構えて、やはり何かを演奏している、弓を弦に当てている姿。
それと、希がピアノの前に座っている姿と3人が一緒に演奏しているところ。
他に数枚、家の外でバーベキューをしている写真。
仲睦まじい様子がしのばれる。
「ここに写ってるんは、希さん? それとも歌音さん?」
「その頃はねぇちゃんはもういない。両親の私を見る眼差しは、ねぇちゃんを見てる時の眼差しでした」
希は目を閉じ、再び沈黙があたりを支配した。
しばらくして沈黙を破った声は、か細く沈んでいた。
「ねぇちゃんは、ショパンの曲が好きでよく弾いていました。特に、ノクターン第2番オーパス9の2。それで私もそれが得意で、よく弾いていました」
「私もその曲、しょっちゅう弾いてます」
作品名:『愛情物語』 ノクターン第2番 op.9-2 (ショパン) 作家名:健忘真実