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『愛情物語』 ノクターン第2番 op.9-2 (ショパン)

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 希は、知る限りのことを話していった。
「希さんとサエとは、五つ離れてるんや」
 滋は、書類に視線を落したまま言った。
「希さんは、この書類を読まれたんですか?」
「読もうと思いましたが、さっぱり分からなくて・・・数字と英語の羅列で、図の部分を眺めていっただけです」

 冴子は今聞いたショッキングな内容に、黙ったままうつむいていた。
 今まで知らなかった本当の、血の繋がった家族が、全く知らないところで生きてきていた事。
 今まで両親と信じていた人は、それでも自分を生みそして育ててきたふたりだが、その複雑な関係。
 それよりも、自分がクローン人間であること。
 そして、あと5年したら癌で死んでしまうかもしれない。
 滋さんと結婚することなんてでけへん、というような、一度に多くの思いが押し寄せていた。

 部屋の中はエアコンがうなる小さな音と、滋が時々めくる紙の音だけがしていた。
 希は目を閉じて、仰向けになって寝ている。もう思い残すことはないという、満足げな表情をして。

「サエ、ここに書いたぁること、ゆうてもええんか」
 滋はかなり気遣って、冴子を見た。冴子は黙ってうなずいた。
「希さんが言いはったように、希さんのお母さんの卵子から核を取り除いて、歌音さんの髄液細胞から取り出した核をくっつけてる。それを培養して、細胞が8分裂したとこで、2つに分断。
 ひとつは、希さんのお母さんの子宮に。
 ひとつは・・・培養液に1日浸けて、その後は凍結保存。5年後に解凍して、サエのお母さんの子宮に着床さして、生まれたんがサエや。
 サエは希さんと双子、とも言えるけど、歌音さんのクローンになる。よう聞けよ」

 滋は言葉を区切るようにして、続けた。
「培養液ちゅうんは、中にT細胞を入れてる。T細胞ちゅうんは、癌細胞のキラー細胞で、お父さんは多分、クローン体の癌化を、ようく知ってはったちゅうことや。確かに、恐ろしい人体実験をしたことになる。
 5年後、サエはどうなってるか、今んとこ、分からんのんや。サエの培養中の卵細胞が、ガンマ24、ちゅうタンパク質を取り込んでたとしたら、希さんとは、違う状態になってるかも、しれん」

 冴子は、希の様子を窺いながら言った。希は聞いているのかどうか、目を閉じたままでいる。
「うちの体は、どうなるか分からん、ゆうことやね。癌になるか、ならんのか」
「ああ、けどな、どっちにしてもサエには、俺が付いてる。ず〜っと、一緒や」
 冴子は再び、希を見た。
「うち、なんで生まれてきたんやろ」