『愛情物語』 ノクターン第2番 op.9-2 (ショパン)
山梨大学付属病院に近い、小さな台所とバス・トイレが付いただけの8畳の洋室1部屋のアパートで、大迫希はいつも一人ぼっちだった。
まだ元気な頃はスーパーのレジのバイトをしていたが、今は、親が遺してくれたお金でつましい暮らしを続けている。
大阪から戻ってからは、コンビニですぐに食べられる食料品をまとめて買っておき、ほとんどの時間は伏せっている。といっても、ほとんど食べることが出来なくなっていた。
全身に回った癌細胞は、どうすることもできない。
どの医学書にも記載されていない状態で、初めから治療のすべはなかった。特定の臓器が、というのではなく、すべてが、全身のすべての細胞が、わずかな変異をしているらしい、と聞かされていた。
ただ進行するままに、高科医師は記録を取るだけであった。
冴子に手紙を出すことに、かなり躊躇いもした。
しかしもし、冴子が歌音のクローンだとしたら、自分と同じようにいずれは細胞が癌化し、原因が分からないままに死んでいくことを思えば、放っておいてはいけない、と考えたのだ。
冴子は、やって来るだろうか。
天井を眺めながら、そのことばかりを考えていた。
作品名:『愛情物語』 ノクターン第2番 op.9-2 (ショパン) 作家名:健忘真実