『愛情物語』 ノクターン第2番 op.9-2 (ショパン)
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高科冴子が1通の封書を受け取ったのは2月1日、ようやく気持ちが落ち着いてきた頃である。
警察の捜査は、行き詰まっているらしいことは感じていた。問い合わせても、犯人に関する情報は、何も教えてもらえなかった。犯人の遺留物が見つからなかったことだけを、聞かされていた。
封筒の上書きを見て首を傾げ、広げて見た便箋の文字に、目を見開いた。冴子の書く文字に、癖までがそっくりだったからである。
読み始めた途端に、手が震え背筋にも震えを感じ、坐っている事さえつらくなり、読み終えると眩暈を感じてベッドに横たわった。
高科冴子様
初めまして。大迫希と申します。
私が、あなたのお父さまを殺害しました。
高科先生は、あなたの血の繋がったお父さまではないと思います。
そして私はおそらく、あなたの姉に当たると思います。もしかしたらあなたが私自身なのかもしれません。
手紙では詳しいことは述べられません、証拠が残ってしまいますから。
本来なら、私が大阪まで出かけて行くべきなのですが、もうそんな体力が残っていないのです。全身に、癌細胞が回っている為です。
会ってお話したい。
申し訳ありませんが、おひとりで、山梨の私宅までお越しいただけないでしょうか。
お願いします。警察には知らせないでください。
いつでも構いませんが、時間があまり残されていないため、出来るだけ早くにお願いします。
一方的な申し出で、ごめんなさい。
大迫 希
冴子は文面と文字から、大迫希は自分の双子の姉であり、父を殺した犯人であることを確信した。
私は双子だったのか、それで指紋が出なかったのかもしれない、と考えた。双子の場合、指紋が同じかどうかは知らないが。
一刻も早く会って、真実を知りたい、と思いすぐに、小塚滋に同行することを頼んだ。
滋にも真実は知っておいてほしい。その結果どういうふうになろうとも、すべてを受け入れる決心をしてのことである。
仕事が忙しいはずの滋だが、快く同意してくれた。
作品名:『愛情物語』 ノクターン第2番 op.9-2 (ショパン) 作家名:健忘真実