それから【完結】
夏休みに入ってからは、模擬テストやら、
夏期講習の準備やらで忙しかったので、
彼女への手紙が書けずにいた。
受験勉強に励む僕に気を遣ってか、彼女からも手紙は来なかった。
7月30日にやっと、
8月4日のライブの日は17時に正門の前で待ち合わせること、
12日から5日間夏期講習で茨城県に行くこと、
先日模擬テストで志望校判定Bを取ったこと、
そして気を遣わずに手紙を書いて欲しいということを書いた手紙を出した。
それでも彼女からの手紙は来ないまま4日を向かえた。
僕はチケットと彼女からの詩のような手紙をポケットに入れて、
ライブ会場に向かった。
約束の17時よりずいぶん早く付いてしまって、
彼女が現れたとき待たせてしまったと思わせたら
申し訳ないと思い心の中で
「僕も今、着いたところです」と反復していた。
僕は、ポケットから彼女の手紙を取り出し、
『すてきなプレゼントをありがとう。』という書き出しから
『らいぶの日、必ず会場へ行くわ。』という最後の一行まで
さっと目を通した。
今日までの間、そのわずか15行の短い手紙を
丸々覚えてしまうほど何度も読み返していた。
緑が鬱蒼とした公園の一角にある野外ステージには
騒々しく蝉の声が響いていた。
でも、僕の頭の中には、彼女からの
『必ず会場へ行くわ。』というフレーズがずっとループしていた。
どれくらい待ったのだろうか。
ついに約束の時間を過ぎても彼女は現れず、
開演の時間も過ぎてしまった。
会場からは大音量で僕の好きな曲や
彼らの数少ないヒット曲が聞こえていた。
僕は何度か入り口の人にチケットを見せ、
僕の席の隣りに女性がいないか尋ねていた。
でも、ただ2つの席が並んで空いているだけで
誰もいないという答えしか返って来なかった。
すっかり辺りは暗くなってライブも佳境に入った時、
そっと風がふいた。頬が風を受けて僕は気がついた。
泣いていた。
僕の涙をまるで風が拭ってくれたような気がした。
会場がアンコールの声に包まれた時、
アンコールでもし彼女と僕のお気に入りのあの曲を演奏したら、
彼女にもう一度手紙を出そう、
もし、演奏しなかったら彼女のことは諦めようと思った。
僕は唇を噛んだ。
僕はもう一度、ポケットから彼女の返事を取り出し
ゆっくりと読み返してみた。
やはり彼女は書いている、
『らいぶの日、必ず会場へ行くわ。』
僕は何度も何度もその最後の一行を読み返した。
気がつくと会場から駅へ向かう人たちが
次々と僕の横を通り抜けて行った。
どれくらい経ったのかわからないが、
辺りに人気が無くなって
さっきまでの大きな音も騒々しく鳴いていた蝉の声も
ピタッと無くなった静寂の中で、
僕は終わったんだと思った。
ライブも彼女のことも。