それから【完結】
中2の七夕を前にして、短冊に願い事を書くという課題を
ホームルームの時間に行った。
どれだけ考えても僕には願い事がなかった。
それまでの僕なら、
『みんなが幸せになりますように』とか
『いい大学に行って、医者になりたい』とか
適当に書いただろう。
ただ、そのときの僕は少し違っていた。
ホームルームが終わっても書くことが出来なかった僕は、
翌日に提出するように言われ、短冊を持ち帰ることにした。
自室でも願い事は思いつかなかった。
僕は、オレンジ色の短冊にオレンジ色のペンで
大好きなバンドの曲の歌詞の一節を書いた。
♪The voice I hear in your mind.
Tell me a ride in the wind.
Light passing through the trees.
The scent of you stay behind.♪
僕には願い事がなかった。
それを悲しいとも思っていなかった。
彼女と文通を始めて1年ほどした頃、
夕日を綺麗だと思えるようになったと書いてきたことがあった。
しかも、それは僕のお陰だというのだ。
その上、僕のように考えられる自分になりたいとまでいうのだ。
しかし、彼女に手紙を書いているのは、
本音の僕ではなく会うことのないのをいいことに、
格好をつけているだけの作り物の僕なのだ。
彼女は自分の部屋の窓から夕日が沈むのがよくみえるのだが、
以前は夜を連れてくる夕日が嫌いでしかたなかったという。
しかし、僕の手紙を読んでからは、
夕日に「ありがとう、わたしもあなたが好きだから
明日も会えるのが楽しみだわ」と言えるようになったという。
そして彼女は夕日に願いをかけるのだという。
彼女の願いは、一度でいいから、
あのバンドのライブに行ってみたいということだった。
彼女がいつか僕のようになれたら、
あのバンドのライブで一緒に盛り上がりたいと
書いた手紙を読んだとき、
僕は変わるべきなのは自分だと思った。
僕は変わりたいと思った。