それから【完結】
僕の祖父も父も医者で、当然のように将来は
自分も医者になるものだと小学生の頃から漠然と思っていた。
引かれたレールの上を進まされる自分が実は嫌でしかたなかった。
でも、それに反抗する勇気も動機も持っていなかった。
だから、僕はパンクロックを聴いても
本当に響いてくることはなかった。
ただ、反抗に憧れていただけだった。
憧れに近づこうと、行動することはなかった。
彼女への手紙の中にだけ憧れの僕がいた。
部活では中心選手で仲間から期待されていて、
クラスではいつも楽しいことを企画する明るい人気者。
父も母も理解があって、自由と信頼を得ている。
憧れと言えば聞こえはいいが、平たく言えばデタラメだ。
僕は彼女にいい格好をしたかった。
それは、彼女によく思われたいというよりも、
本当の自分を知られたくないという気持ちが大きかった。
彼女はデタラメの僕に、尊敬の言葉をくれた。
僕は彼女からの手紙を読むたび胸が痛くなった。
彼女が彼女自身を嫌いだと言ったのが、僕には衝撃だった。
僕も僕自身のことが嫌いでしかたなかった。
でも僕は、それを口にする勇気すら持っていなかった。
しかも、彼女にさえ格好をつけて、キザなことを言って
自分の本音を言うこともできなかった。
ある日、彼女が僕らの大好きなバンドの曲の一節を訳詞した。
♪あなたなら何でも出来る、だからその手を開いてごらん♪
彼女はそれを自分自身に言い聞かせているのだと言った。
彼女との文通のきっかけになったバンドの曲を聴く時でさえ、
親の顔色を窺って音量を抑えて聴く始末だ。
僕はパンクロックが好きだと言いながら、
パンクロックの心をこれっぽっちも持っていなかった。
僕はアイデンティティを持っていない自分を
見ないフリをして、日々を過ごしていた。