それから【完結】
僕の勤める大学病院の循環器内科部長はカテーテル術の分野では
世界的な権威であり今でも新技術の開発に携わっている。
その、部長からこのたびアメリカで設立される
循環器内科の研究機関に僕を推薦したいと言う話しをもらって
もうすぐ3週間経つ。
僕は今でも岐路に立たされたとき、決まって彼女のことを思い出す。
そして、あのころの自分のことを思い出す。
それまでは、好きなバンドの曲についてや、
なんとかと言う雑誌でメンバーがインタビューを受けてたのを
読んだ感想についてだとか、そういう内容の手紙だったのだけど、
僕らが中2になってすぐくらいから彼女はいろいろな気持ちを
手紙に書いてくるようになった。
彼女は夜が来るのが怖いと言った。
そのまま朝が来なかったらと考えてしまうことが
よくあるのだと言った。
彼女は自分のことが嫌いだと言った。
僕は、太陽は君の事が好きだから必ず明日も会いに来るし、
夜が暗く長いほど美しい太陽が君に会いに来るはずだと元気付けた。
直接だと、こんなキザなことは言えるもんじゃない。
ただ、お互い顔も知らない同士だから言えてしまうものなんだ。
きっと彼女は随分と僕のことを美男子だと思っていただろう。
二人の住んでいるところは少し遠かったので、
中学生の僕には彼女に会うことはできないものだと思っていたし、
会うこともないだろうと思っていた。
だから僕は彼女の中でだけは美男子でいるつもりでいた。
もし彼女が会いたいと言ってきたらどうしようかと思っていたが、
文通を始めて1年が経っても、
彼女が会いたいと言ってくることは無かった。
ただ、その頃から彼女はたったひとつだけ、
願いがあるのだと書いてくるようになった。