コメディ・ラブ
予感
「いらっしゃい」
汗ばみながらトニーに入ると外とはうってかわったひんやりとした冷気とおばちゃんの威勢のいい声が迎えてくれた。
店内は5組程、先客がいた。
それぞれが野球中継を見たり、談笑したり、カラオケしたり好きな時間を過ごしている。
幸いなことに、カウンターのいつもの席は空いていた。
俺は早く喉を潤したくて、席につくと同時におばちゃんに注文した。
「ビールお願い」
「はいよ」
ビールはすぐに出てきた。
ビールを乾いた喉をうるおそうとした瞬間におばちゃんに痛い所をつかれた。
「今日は美香ちゃん一緒じゃないのかい?」
あんなに飲みたくて仕方なかったビールを机に置いた。
「……アパートの前で待ってたんだけど、帰って来ないんだよね」
ビールをそっと一口飲んで机に置いた。
「……最近毎日遅いみたいで、忙しいのかもな」
おばちゃんは俺をみすかしたように笑った。
「グタグタ言ってないで早く告白しなさいよ」
「いや、時期ってもんがあるからさ……」
「美香ちゃんに彼氏ができたらどうすんの。早く言いなさいよ」
おばちゃんがあり得ないことを真顔で言いだしたので今度は俺が笑った。
「無い無い」
美香みたいに手を横に大きく振りながら言ってやった。
おばちゃんは少し首をかしげた。
「恋愛なんてタイミングなんだからね」
「大丈夫だって。そのうちな」
俺はそういい終わると残りのビールを一気に飲み干した。
「お前が義妹だったなんて」
「もう私のことは忘れて」
「待てよ!」
優海が晃のもとを去っていこうとする。晃は優海を抱きしめる
「そんなことどうでもいいんだ。俺はただお前が……」
見詰め合う晃と優海
「はいカット」
一斉にスタッフが自分の持ち場に散っていく。
俺はまださっきの余韻にひたっていた。
晃さんってやっぱり役者の才能だけは素晴らしいもの持ってるんだな。
社長が俺の肩を叩いた。
「義信、ぼさっとしてねえで晃呼んで来い」
「は、はい」
我に返り、スタッフと談笑中だった晃さんを連れてくる。
社長が来てると聞いて、何も知らない晃さんは無邪気に社長に駆け寄った。
「社長、来てくれたんですね」
社長が心配そうに晃さんに尋ねた。
「お前大丈夫か。」
「えっ、何のことですか?」
「……何のことって、あの好感度調査だよ」
社長が驚いて眉をひそめていた。
晃さんは意外にあっけらかんとしていた。
「ああ、あれですか。平気平気。嫌い嫌いも好きのうちですよ。社長知ってました?パンダだって嫌いだって
言う人がいるんですよ!」
社長が呆気にとられているのがわかる。
よくわかる。
「晃さん、ちょっと来てください」
「はい。じゃあ社長行ってきます!」
スタッフに呼ばれ、晃さんは行ってしまった。
社長は腕組みしながら、晃さんの後姿をずっと見ていた。
「あんなに好感度気にしてたやつが、何があったんだ?」
「さぁ……」
俺は晃さんのマネージャーで、誰よりも晃さんを知ってると自負できる。
今、この答えが俺の精一杯だった。
作品名:コメディ・ラブ 作家名:sakurasakuko