夢をつなぐ
今、決断しなくてもいい、やりながら状況を見て、嫌になったら辞めに来てもいい。
私はこれ以上、何かいうつもりはないわ」
確かに身勝手だな、これ以上までない。
普通ならそうだ、だけど今回のことはクー姉が俺にチャンスを与えてくれたんだろう。
俺が教員として働けるために、俺が過去の出来事を克服するために、俺がサッカー界に戻ってこられるために。
……ずるいよな、そこまで考えちまってること理解しちまったら、断れねぇよ。
「解った、やるよ」
「……今決めなくてもいいのよ?」
「監督が迷ってたら、選手にいい指導なんかできっこないだろう?
ましてや、日本一のチーム目指すのによ」
「本当!? よし、そんじゃ任せたわよ。 目指すは日本一よ。
それじゃ早速メンバー集めヨロシクね、不安にならなくても大丈夫よ、もう一人顧問の方を任せてあるから。
全校生徒が六百人だからね、いけるわ、すぐ集まるわよ」
「あとさ、詳しい話を聞いてないんだが。
できればそこんとこききたいんだけど?」
―――渡会春奈―――
この白鴎女学院は私の家から十分のところ、この当摩市の中心に位置する女学院。
特に進学校であるわけでもなく、学校が大きいというわけでもない、変わった授業、校風があるわけでも、スポーツ特待があるわけでもない。
男子と一緒にいるのがいやだからとか、女学院に興味を持っていたからだとか、親が過保護で家から近いところしか許してくれないとか、女学院とはいっても何の変哲もない生徒が入ってくる普通の中学。 サッカーが有名であること以外は。
うーん、サッカーで有名ってところ以外は普通な女学院だし、校舎も歩き回っては見たものの大して小学校とかわらなそうな構造。
まぁ、トレーニングルームあったりとかグラウンドが芝にはなってるけど広くないし見た限りだと、フルコート一面がぎりぎりなんだよね。
古豪ってお父さんには聞いてたけど……そこが強さの秘密なのかなぁ?
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始業式の終った私は、あることを考えながら、窓側一番後ろの席に座り、校庭を眺めていた。
教室に戻って来るときの話だ、ある女の子が噂話でこんなことを言っていた。
『この学校、白鴎女学院のサッカー部は一年前の夏に起こした、ある事件がもとで今は廃部状態になっている』
その場で声をあげそうったものの、なんとかこらえ私は教室に戻ってきた。
嘘でしょ?廃部状態なんて。 私はサッカーのためにこの白鴎に入ったっていうのに、これでは何の意味もない。
こんなことでは今までと同じ、一人で練習して三年間過ごすことになっちゃうよ。
そしたら私、世界一どころか試合さえ出られないんじゃ。
……だめだよね、こんな悲観的じゃ。
中学まだ始まったばっかり、廃部とはいってもただの噂話でしかないのかもしれないし、もしそうでも部員を集めてまた作り直せばいいだけの話だ。
監督だってもとは有名なサッカー名門校、前任監督だってまだいらっしゃるかもしれないし、いなくてもきっと学校が支援してくれるよね。
一気に希望であふれて、やる気満々のあたしは、自分の机で右手を掲げ、燃えていた。
そんなときだった。
「……」
急に肩をトントンと指で突かれた気がした。
その方を向いてみると、どうやらその犯人は私の隣の席に座っていた女の子だったようだ。
その子はちょっと泣きそうな目をうるうるさせながら、私の眼を見つめている。
「えっと……どうしたの?」
あれ? 私何かした?
何でこの子、泣きそうなんだろう。
「……松井彩香(まついあやか)。 これからよろしく」
松井彩香という名前を言うと同時に右手を広げてすっと、私の方に勢いよく突き出す。
「ああ!! 自己紹介! ヨロシクね、松井さん。 私は渡会春奈、ハルでいいよ」
その右手を握り返し、ともに握手をする。
手を握り返されてうれしかったのか、松井さんの顔はぱぁあ、と明るく笑顔になる
手を握っても感じたけど、この子かなり小さい。
座っている状態だからそこまで詳しくは解らないけど体型も手も小さいし、見たところ頭一つ分違うじゃないかな
「……ヨロシク、ハル。
私も、アヤでいい」
「うん、わかったよアヤ」
「よかった、ハルみたいな女の子が隣で。 仲良くやっていけそう」
「私も同じだよ。 アヤと知り合えてよかった」
結構片言でしゃべってたからとっつきにくい子かと思ったけど、純粋でいい子だなと、私は思った。
ヤッター、中学で初めてお友達がデキタヨー!!
中学生活がこれから始まるんだなぁと思っていると、教室の前の扉がガラガラと開いて、男の先生が教壇まで歩いていく。
「ねぇねぇ、ここって男の先生いないんじゃなかったっけ? なんで男の先生がいるの?」
「解んない、でもちょっとかっこよくない?」
「解る、解る」
周りの女の子達がキャーキャーと騒ぎ立てる。
確かにカッコイイんだけど、それ以前にあの人、何処かで。
そして男の先生はチョークで黒板に名前を書いていく。
「あぁ~、俺の名前は神堂祐志。 今年が教師一年目で、とりあえずこのクラスの担任になったぁ。
担当教科は体育だ、ヨロシクたのむわぁ」
頭をポリポリとかきながら、何処となくめんどくさそうに自己紹介を済ませる。
茶色い髪の毛がつんつんとんがっていて、周りの女の子から言わせるとかっこいいらしい。
「キャー、体育教師だって! これ、ヤバいよね」
「男の先生とってことでしょ?」
「でも私、祐志先生になら手取り足取り教えてもらいたい!」
「あんた、なにいってんのよ。 私が最初よ」
いやいや、あなたがなにを言ってるんですか?
体育の授業程度なんだからそんなに密接することなんかないでしょ。
そもそも、顔がかっこよければ、あんたたちは何でもいいのか!?
さっきはアヤと知り合えてこのクラスでよかったと思ったけど、今のを聞いてしまうとどうやらはずれなのではないのかという気もする。
「(……ハル)」
またも肩にとんとんと、指でつつかれる。
どうやらアヤは人にものを尋ねるときに指で肩をつつく癖があるようだ。
そして小さな声で私に尋ねてくる。
「(ハルも、ああいう先生がいいの?)」
「(えっ!? 私は別に)」
どうやら恋愛感情はあるのかという質問だったらしい。
うーん、生まれてこのかた、恋というものを私はしたことがない。
強いて言うならば、サッカーの試合を見に行った時に助けてもらった、私の目標となっているお兄ちゃんではないだろうか。
でもあれは、憧れという意味で恋とか愛とかとは違う気がする
好みとかもよくわからない、先生は私から見てもかっこいいと思うし、細いけどそれでいてなよなよしいという感じでなく芯がしっかりしていてがっちりしてそうだし、身長も日本人にしては大きいくらい、百八十cmくらいかなぁ?