同じ窓を見ていた
目を開けると涙ぐんだ裕子の顔が見えたが、「お父さん」という声でそれが間違いだと気づく。
「お父さん、分かる? 麻実よ」
「ああ……分かるよ」
俺の言葉を聞いて娘は「良かった」と安堵の表情を見せた。
「危険な状態は脱したってお医者様は言ってたけど、目が覚めるまでは心配だったよ」
そう言って笑う麻実は娘と言っても中学生の子供がいる母親だ。半年ぶりに見た顔は目尻の皺がまた少し増えたように感じる。
様子を見に来た担当医が気休めの言葉を残して帰り、麻実が写真立ての横に新しい花を置いた。
夢幻の集いから締め出された俺が眺める窓の外には、昨日までと同じ孤独な空が広がっている。
「私より先に兄さんが来て、さっきまでずっとお父さんの傍にいたのよ」
「……そうか」
昨晩、真也が来ていたことは知っている。朦朧とする意識の中でも俺の手を握る感触だけは判別できた。
自分で興した事業が軌道に乗り、高校中退の不良息子が今では立派な社長様だ。中小企業の課長止まりで終わった父親など、もはや何の頼りにもならない。
これからも俺はまともに動かない身体を病院のベッドに横たえて命の火を無駄に灯していく。
それに一体どんな意味があるのか。
なぜ裕子は夫の願いを叶えてくれなかったのか。
「もう大丈夫だから、お前も帰りなさい」
俺の声が聞こえなかったかのように無言で窓の方を向いていた娘が不意に口を開いた。
「お父さん、雪が降ってきたよ」