同じ窓を見ていた
同じ窓を見ていた
初めて訪れた同窓会には、まるで古びた卒業アルバムを開いたかのように懐かしい顔が揃っていた。
「もうこんなに来ているのか」
すでに始まっている宴を遠くに眺めながらそんな呟きを漏らしていると、俺の存在に気づいた浩之が赤ら顔で手を振る。
「やっと来やがったな、政樹!」
高校時代の悪友はあの頃と変わらぬ悪戯っぽい笑みを浮かべながら、俺を隣に座らせてビールを注ぐ。
「いや……酒は医者から止められているんだ」
反射的にそう答えると浩之はゲラゲラと笑い、俺も釣られて笑いながら久しぶりのビールを一気飲みした。
和室の大広間で騒ぎながら青春というありふれた特別の時間を共にした同窓の友らと話しているうちに段々と俺の心も若返っていき、胸の奥にしまっておいた情熱が体中を駆け巡る。
「裕子は?」
俺の問いにニヤリと笑い「隣の部屋だよ」と答える浩之。その視線の方を向くと部屋を仕切った襖があった。
「隣の部屋? なんで?」
「さあね、会いたくない奴でもいるんじゃねーか」
そんな軽口を叩く浩之をひと睨みしてから立ち上がり、天の岩戸のごとき襖へと歩いていく。
高校の入学式の日、俺は裕子に一目惚れした。整列している周囲の女子よりも大人びている凛とした横顔に一瞬で魅せられた。
しかし、クラスメイトになった実際の彼女は上品な容姿からは想像も出来ない男勝りの性格で、俺と裕子は毎日のように喧嘩し合う仲となった。卒業旅行で告白しようとした時もその直前で喧嘩してしまって、「好きだ!」と怒鳴りつけたのを今でも鮮明に思い出せる。
俺は裕子と再び会うためにここへ来たんだ。
「おいおい政樹、やめとけよ」
「デリカシーのない奴は嫌われるぞぉ」
背中に当たる声を無視して襖の引き手に伸ばした手を誰かが掴む。
「やめろ」
元クラス委員長の佐久間が眼鏡の奥から俺を睨んだ。昔からこいつとは相性が悪い。
「水野は誰にも会わない。もちろん、お前ともだ」
久しぶりに聞く裕子の旧姓。
「邪魔するなッ」
佐久間の手を振り払いながら一気に襖を開け放つ。
「え……?」
眼前には暗闇があった。こちら側の光も跳ね除ける深い漆黒。
しかし、その奥にはポッカリと四角い穴があいたように窓が見えた。
後ろの静けさに気づいて振り返れば、そこに旧友達の姿の姿はなく、すでに同窓会場そのものが光を失っている。
踵を返して絡みつく闇の中を進み、近づいた窓の外の風景は見慣れたものだった。
「もうすぐ雪が降るね」
背中越しに耳元へと囁かれた懐かしい声。
その瞬間に足元の床が消え去り、彼女の姿を見ることも叶わぬままに俺は奈落の底へと落ちていった。