University to GUARD 第1章
顔が近い、などと思う前に八条はそれだけ言うと「じゃね」と手を振って六條の自室から出て行った。すぐさま隣のドアが開く音がする。
無防備すぎるんだよな。口に出すと隣に聞こえそうで、それが恥ずかしくて六條はPSDを切って布団に入りこんだ。寝れないとは思いつつ―――。
*
朝食を、健気なまでにきちんと用意してくれている八条に礼を言いつつ摂ると別々に部屋を後にした。PSDに書かれた集合場所は“多目的ホール”である。寮を出、広大なキャンパス内を歩きながら六條は昨晩のことを思い出していた。あんなので毎晩ドキドキしていたら体がもたないんじゃないか、と真剣に悩んでいるところへ声をかけてきたのは蓮だった。
「お、信ちゃん!」
蓮は昨日と違う服を着ていた。それでも、昨日の戦闘を見たせいかついつい足を見てしまう。
「なんやなんや、わしの足にでも興味あるんか?」
「あるわけないだろ」
「残念、ちょっとくらいなら見したったのに」
「何言ってんだ」
二人が歩いているうちに、徐々に周囲に一回生の姿が増えてきた。
広大な建物の大半を占める“多目的ホール”。男が多いのは学科の特色だろう、戦闘を行う学科なのだから当然かもしれない。
「すごい人だな」
「はよ列に並ばんと、どやされるで」
「その通りだ、はやくどけ」
蓮と六條の後ろからぬっとあらわれたのは、大きい図体をこれでもかというほど見せびらかすように胸を張る永峰法延だった。ふん、と鼻をならすと六條たちの前を通り抜けさっさと並んでしまった。
「あぁやってみると、悪い奴やないんやけどな」
「そうか?」
「素直で真面目なやっちゃで」
「仲良いんだな」
「ん?組み手やってみた感想や」
そこまでわかるものなのか。六條たちも列へと並び、ホールに設けられたステージにスーツの男が現れた。
「これより、諸君らには専用のA(アーセナル).C(コア).を支給する。各自、PSDにて呼ばれた者から順に登壇せよ」
銀色の腕輪、と形容するのが一番しっくりくるであろうデバイスが配られ、次々に装着していく。六條は右腕にA.C.を取り付け、眺めた。全員行きわたったことを確認すると、またスーツの男が喋り始めた。
「今配布したA.C.は諸君ら各個人専用デバイスとなる。起動時の音波認証を始め、脈、血液等々の認証をそのデバイスでもって、起動時に行う。したがって、他者のものを用いることはできない。また、起動の承認は別途お上から行うので、諸君らの好きな時に起動することはできない。まずは、以上の二点を覚えておくように」
装着すると、すぐさまPSDにA.C.の取り扱いについてのメッセージが送られてきた。さっき、登壇していている男が話したこと以外にも細かい規定である。そして、操作方法が。
「うわぁ~こりゃ多すぎるやろ」
あまりの操作一覧に蓮が後ろで顔をゆがめていた。他の一回生もみなが絶句している。
「支給会は終わりだ。各自、クラスを確認して指示された教室へ向かうように」
男がステージから降りると、PSDに次の行動予定を示すメッセージが送られてきた。自身の学籍番号とクラスが掲載され、集合する教室が後に続いている。
「お、わしと一緒やん。やったな」
何をしてやったなのか。とりあえず六條は蓮と同じクラスだった。
「さっさと教室いくぞ」
「ほいほい、信ちゃんはあまのじゃくさんやな、ほんまに」
一号棟一一〇教室。多目的ホールを後にし、生徒たちが次々に教室へ移動し始めた。一号棟までは、これまた決して近いとは言えない距離で、多目的ホールから十分程度歩かされる羽目になった。荘厳な大きい建物の前には、“一号棟”と立派に掘られた石柱が立っている。建物の向こうにはグラウンドがあるらしく、怒号やアーマノイドであろう衝突音が響いていた。
「へ~、うちらの学年以外にもおるんやな」
「みたいだな、講義中だ」
声を忍ばせつつ、一号棟に入り右に曲がると突き当りの教室へと向かった。入ると、すでに十数人が椅子に腰をつけている。座る席を確認していると、突然六條は肩を叩かれた。
「やぁ!君も同じクラスだったんだね!」
振り返ると蓮をはねのける勢いで迫ってきそうな河野だった。相変わらず笑顔が爽やかだ。
「あぁ、確か君は」
「河野だよ、技能測定で組んだ相手!」
「もちろん、覚えているよ」
「いやーあの時はまいったなー!君ってば最後になって急に―――」
と、河野は教室の入り口で早くも昨日の技能測定のことを話し始めてしまった。
「いや、河野その前に」
「ちょっと貴方達!」
奇しくも河野の話を切ったのは六條ではなく、大層グラマラスな金髪を見事に後ろで束ねた女だった。
「入り口で立ち話なんてしてないで、はやく席についたらどうなんですか」
六條と河野二人して「あぁ、すみません」と頭を下げつつ、六條はその女の胸をおもむろに見てしまった。見入ってしまうほどだったのだ。
「信ちゃん、こっちや」
先に席についた蓮が席を指さしていた。問題なのは、席に帰っていく金髪女と同じ方向を指している。隣なようだ。
「さっきはすみません」
「わかっていただければ結構です」
表情は非常に硬く険しいのだが、それもまた絵になるほどに綺麗だった。横目で再度確認してしまうくらい、立派な胸部である。
「あなたお名前は?」
表情がちょっと和らいだ、ように見えなくもない顔を向けて女は顔を六條の方へを向けてきた。
「六條信哉」
「そう、六條くんね。よろしく、私は美東(みとう)藍(らん)よ」
「あ、あぁよろしく」
険しかったはずの顔が急に愛嬌のある笑顔に早変わりしたせいで、どぎまぎしながら手を握り返した。
「わしは、翳霧蓮や。蓮って呼んだってくれ」
「そう。あなた少々言葉が理解しにくいわね。わざとなの?」
「ちゃうちゃう、わしの生まれ育ったとこではこないな話し方が普通やってな。すまんが、堪忍したってくれ」
「ま、いいわ。あら、来たみたいね」
生徒が全員着席した中を、一人のスーツを着た女が颯爽と教室に現れた。
「よし、お前ら席についてるな」
おそらくPSDであろうか、スーツを着た女は見事なまでに切りそろえられたショートミドルの髪を耳にかけるしぐさをすると、ポケットから六條たちの持つPSDよりも二回りほど小さいPSDを取り出し、ホログラムディスプレイを表示させた。漆黒にして艶やかな髪はさることながら、スーツの上からでも十二分に視認できるほどの、引き締まった体に適度な凹凸が“デキる女”を示している。
「これから、履修に関する資料を送付する。各自PSDを机にあるドックに差し込め」
生徒たちが次々と自分の座った席に備えられたドックへとPSDを差し込んでいく。差し込むと、プラグアンドプレイによってPSDが独立モードから“Study”モードへと移行し、読み込みが開始された。
「モード移行中に私の自己紹介をしておこう。私は、これからお前らの総合担当として六年間世話をする矢次(やつぎ)葵(あおい)だ。専攻は理学の素粒子理論だ。準機動戦闘学科で教鞭を振るっている。もし、受講するなら心しておくように」
作品名:University to GUARD 第1章 作家名:細心 優一