University to GUARD 第1章
「何も、あそこまですることあらへんよな」
沈黙を破ったのは、もうこの方言で瞬時に分かるように連である。
「ありゃ下手したらトラウマもんや」
弐城が佇む奥で女生徒が運ばれてゆく。意識が無いようだった。MPOの男が弐城に歩み寄り何かを告げると弐城はそのままアリーナを後にしていった。
「やりすぎ、てな」
蓮は六條の方を向くとそのまま出口へと歩き出した。
「どえらいもん見て気分もアレや。どうせこの測定の後はなにもないんやし、ちょっと散歩でもしようや信ちゃん」
「あ、あぁ」
もう一度モニターを振り返ったがすでに弐城は映っていなかった。控室を出るや否や、弐城がこちらへ向かってきた。相変わらずのスカーフと廊下の薄暗さでまともに顔が見えない。連と六條は思わず足を止めていた。二人の横を通り過ぎる刹那、六条は弐城と目が合った気がした。何も言わない、ただじっと弐城の背中を目で追いかけようやく二人は歩き出した。
その後、蓮と適当にキャンパス内を歩き回り自室へとたどり着いたのはすでに夕方である。
「あ、信くん!」
何故だろうか。確か昨晩までは“六条君”というなんとも言えない適度な距離感を生み出してくれる三人称だったのに。
「お、おう。早いんだな」
実は「おう」の後に佳織とつけるところだったのだが。咄嗟に飛んでしまった。これまた何故だろう。
「私たちの方は今日、適性検査しかないからね。さっ、夕食の準備してるところだからもう少し待っててくれる?」
そう言うと八条は廊下の向こうから姿を消してしまった。このシーンだけを切り取ればなんとも夫婦みたいで、心躍るところではあるが。なにぶん、出会ってまだ数日である。一体どんな気持ちでこのシチュエーションを迎え入れればいいのか。などと部屋に戻って考えているうちに八条がノックもなしに入ってきて、夕食できたよと告げてきた。この“ノックなし”が曲者で、まだ会って数日の女子がノックなしで入ってこられて、一体何人の男が余裕でいられるというのだろうか。おまけにその女子がめっぽう可愛い子ときたら……。
夕食をはさんでの二人の話はそれぞれがその日に行った、適性検査や技能測定についてだった。
「へー、翳霧蓮くんかぁ。面白そうな人だね」
「面白いだけならいいんだけどな」
「もうすっかり仲良しさんか~。いいなぁ」
「そこまで仲良しってわけじゃ……え?」
「ううん、なんでもない」
何かが引っ掛かった気がした。聞きなおすかと悩んでいると八条が話し始めた。
「こっちはねー、やっぱり学科の特色なのかわかんないんだけど、すっごく女の子多くてびっくりしたなぁ。見渡す限り、女の子ばっかりなんだもん」
「それはさぞかし華やかそうだな」
「う~ん、華やかなのはいいんだけどね……」
「なにかあったのか?」
「ううん、大したことじゃないんだけど」
箸を咥えながら視線を落とす八条の顔をついに眺めてしまう。愛嬌とはきっとこういうことを言うのだろう、と視線を上げた八条と目を会わせまいと六條は咄嗟に視線を横に逸らしてしまった。
「私より可愛い子とか綺麗な子が多いなーって」
思わず味噌汁を吹いた六條を八条は真っ赤な顔をして睨みつけた。
「今“そんなことか”とか思ったでしょ!?もうっ」
伏して味噌汁を一気に飲み込むと、八条は両手を机にのせて乗り出してきた。
「女の子はそういうことも気にするんだからね!」
すっと乗り出した身を引っ込めると八条は再度箸を持って食べ始めている。
「そういうものか」
六條はと言えば、こちらはこちらで乗り出してきた時の顔面の距離が忘れられずもはや話どころではなかった。
そのまま夕食も終わり、六條は自室でPSDを眺めていた。明日はいよいよ一回生として重要な選択となる“履修講義”の決定である。今日行った技能測定による推薦科目に加えて、自身で選択する制度になっている。いわば、アーマノイドを用いての戦闘における根幹部分の履修科目の決定である。といっても、ファーストの学年(国防大学において、回生が六つあることから回生を三つのグループに分け、一と二回生をファースト、三と四回生をセカンド、五と六回生をサードと呼んでいる)であるため、学科内での各個人における履修科目にはさほど差異はでない。出るのは、実技科目になる“戦闘技術”分野の科目だろう。ここで、各々が扱う武器によって個別に訓練を施される。
科目名を眺めながら、六條はベッドへと寝転がった。部屋の構成上、六條の右隣に八条の自室、左隣は浴場になっているため、左からはシャワーの音が響いている。
シャワーの音を聞きながら、六條は昼に行われた技能測定を思い返していた。生粋の空手家のように無骨な永峰、飄々としながらも永峰と互角に戦った蓮、六條自身を苦しめた槍術を使う河野、顔すら見えずただ凄絶な強さをみせた弐城―――。
「どいつもこいつもすごいな……」
ふと弐城の次に思い浮かんだのは弐城の組み相手だった。体型は覚えていた。あれほどまでにインパクトのある体つきをしていたのだ。なんといっても胸が―――。
「何がすごいの?」
「うわぁっ!」
気付くとすでにシャワーの音は止み、髪をタオルで拭きながらこちらを八条が見ている。
「いやその、なんでもない」
「ふ~ん。てっきり女の子のことでも思い出してるのかと思った」
そう言うと八条は六條の自室にある椅子へと腰を下ろした。
「そんなことないさ、ただちょっと技能測定のことでな」
「私たちもちょこっとだけど見てたんだよ、そっちの測定」
「本当に?」
「うん、あの技能測定って実はキャンパス内の食堂でも中継されてたんだ。それで私が適性検査終わったから一息いれようと食堂行ったら、ちょうとやってたの」
「やってたって?」
「信くんが」
「お、おい」
まさか見られていたとは。無様なまでに河野の槍に翻弄されていた自分を。別に格好いいところだけを見てもらいたいというわけでもないが、だからといって情けないところを見てほしいと思うこともない。
「すっごいかっこよかったよ、信くん!」
タオルを首にかけ、八条は鏡の方からこちらへと振り返った。
「信くんってあんなふうに闘うだなぁ、って純粋に感動しちゃった!ものすっごい速くて、でも動きは綺麗で」
八条の興奮っぷりはうれしい半面、六條は居心地が悪かった。なにせ、河野の槍を捌くことで手一杯でとてもじゃないが自身の姿など考える余裕もなかったからだ。
「必死に闘ってて、おまけに最後で河野君にこうずばっとやっちゃうところなんて、ほかの女の子まで思わず叫んじゃうくらいだったもん!」
ということはおそらく、いや絶対に八条も叫んでいたのだろう。八条は椅子から立ち上がって六條が河野へと最後に斬りかかったモーションを再現している。悪い気はしなかった。
「そういってくれるのはうれしいんだけどその……信くんってのは」
「あ、やっぱり不味かったかな?ルームメイトなのに名字もアレかなって思ったんだけど」
「いや、別に良いんだけどさ、その……」
八条がそっと六條の方へ歩み寄ってくる。
「私のことは佳織でいいよ」
作品名:University to GUARD 第1章 作家名:細心 優一