University to GUARD 第1章
華麗な回転切りを飛翔に使われた槍をとっさに引き戻すことで河野は受け止めた。もっとも、剣が一振りであれば無傷だったという格好になった。六條が受け止められた次にすかさず左手の剣を突き出し、河野の顔面を直撃した。
河野の顔面部のパーツにFFSが作動し、若干顔をうずめながら槍を構えなおした。六條も突き出した後に、そのまま突いた反動で後ろへと飛びずさった。
「やっぱり、FFSといえども痛いなぁ。大した速さだよ、君は」
槍を振り回しながら河野が言った。
「速いし、大胆だし。おまけに華麗だ。外から見てる人たちにとってすれば、さぞかし綺麗な反撃だっただろうなぁ」
槍が静止し、河野姿勢が急激に低くなる。
「でも、このままやられるのはちょっと嫌だな」
六條も再度半身になり双剣を構えた。
「こっちもだ」
技能測定の時間は残り二分。河野の突進を皮切りに二人は再度衝突した。河野が突こうとすれば、六條は隙を窺うように守りの姿勢からの反撃を見せ、河野は薙げば六條は受け止めた上からの反撃あるいは回避してからの反撃となり、控室にいるメンバーには、異様ない速さに映った。
先に測定を行った永峰と蓮の試合と違い、速さが際立つ測定にみながただ唖然と見守っていた。一撃を目で追うようにみる者、速さに起因する美麗さに見惚れる者、みながモニターを見つめている。秒針よりも早く、時を刻むよりも早く相手を突こうとする槍を嫌がるように払いのけては、隙を突こうと怪しく揺れ動く双剣。アリーナに大きく表示される時間が確実に減っていく。
「そこまで」
ブザーと同時に見守っていたMPOの男が合図をした。攻防を繰り返していた二人がぴたりと止まり、そっと引き下がる。
「双方、アーマノイドを解除せよ」
互いに解除すると六條は先に控室に戻ろうとした時、河野が手を差し出して歩いてくる。
「いや、参ったよ。まさか一撃も入れられずに終わっちゃうなんてね」
じっと河野の眼を見る。この男は、一体。素なのか、作りものなのか。見分けがつかないほどに爽やかな顔をしていた。
「こちらこそ、君の槍は実に怖かったよ」
そう言うと握り返した。悪くない。手までもが爽やかに感じるほどに、その握手は気落ちのいいものだった。
戻る道中、河野は控室によらずそのままアリーナを後にし行ってしまった。控室に戻ると、蓮が相変わらずの細い目をして振り向いた。
「信ちゃん、やるやないか~。双剣なんてまたかっちょええもんまで使(つこ)て~」
「うるさいな、別にいいだろ。それより、俺たちもどこかで休憩しないか?互いに測定も終わったことだし」
「ん~」
蓮は考え込むように腕を組むと、苦笑いをした。
「あとちょーっとだけ見ていかへん?誰がどんなことしよるんか、興味ない?」
「いや、まぁそれもそうだけど」
「それに……」
そう言うと、蓮は六條に背を向けモニターを見やった。すでに次の組み合わせが発表され、控室に該当者はいない。
「見ときたい奴がおるんや」
組み合わせの表示が終わり、アリーナが映し出された。画面の右端から次の組み合わせの二人が中央へと歩いてくる。一人は女だった。制服に身を包んではいるが、そのスカートの短さ、というよりは本人が足が長すぎるのだ。そして、眼にするには刺激が強すぎるほどの胸囲。要するに胸がでかすぎるのだ。少々、六條が見る限りでは“品が無い”程にでかい。引き締まった制服なのに、胸が強調しているのだ脱いだらよほどなのだろう。なんて下世話なことを考えていたが、蓮の目線をすっと盗み見ると、すでに蓮は女の後ろ、画面の淵をずっと睨んでいた。しばらくすると、その“男”は現れた。肩までかかるほどの長髪に加え、前髪を半分以上前へと垂らしおまけにスカーフで口元をまいているため、ほとんど顔が見えない。いかにも不審者である。い出立ちだけは、だが。歩く姿、雰囲気が明らかに違っていた。
「な、ちゃうやろ?」
スカーフの男はMPOの男から指示を受けても頷くだけだった。武具の申請は片手で断ったのだ。
「素手やと、中々自身あるみたいやであのにーちゃん」
気づけば、六條はスカーフの男を見つめていた。対する女生徒が薙刀を受け取り、何回か素振りをしている。アリーナ中央にはまだ両者の名前が表示されている。
「弐(に)城(じょう) 仁(じん)……」
二人が対峙したまま後方へと数歩下がりアリーナ中央には時間が表示される。二人がアーマノイドを装着し、男の合図で十五分の時が動き出した。
弐城に対する女生徒は威勢よく薙刀を頭上で旋回させると、勢いをそのままに弐城へと薙いだ。薙刀の刃をまるで準備体操でもするかのように、軽々と体を反らせて避けると見事なまでの速さで体のばねを駆使して体勢を戻すと、女生徒へとわずか一歩大地を蹴るだけで間合いを詰めた。女生徒が明らかに焦ったように薙いだ刃を戻そうとする。が、切っ先を向ける間に柄を弐城が制した。女生徒が両手で握り締める柄をものの腕一本で制した弐城が、そのまま女生徒へと接近していく。二、三度柄を振りほどくことを試み、女生徒は咄嗟に柄を離すと同時に弐城の顔面へと拳を突き出した。
「えぇ、判断やな。あのねーちゃん。ええのは胸だけちゃうらしい」
隣で蓮がお得意の細めでずっとモニターを眺めながら呟いた。
しかし、拳は見事なまでに弐城の掌におさまってしまった。違和感。六條はモニターを見ながらただただ違和感の理由を探した。何かがおかしい。これじゃあまるで―――。
「子供と遊ぶ親、みたいな図やな」
蓮はそう呟いた。そう、どうみても闘っているように見えない。端からこれは技能測定なのだから、戦闘行動に見えないのが普通なのかもしれないが、それでも組み手である。それがなんなのだろうこれは。女生徒の動き、すべてが弐城の中に収まっていく。
残り時間がすでに五分を切った。女生徒はなおも薙刀に目もくれずに素手で弐城へと向かっていた。決して女生徒が遅いわけではない。奴が、弐城が早すぎるのだ。
不意に女生徒が後方へと飛びずさった。弐城へと駆け寄る勢いで自らの足を思い切り振り上げ、回し蹴りを放つと同時に薙刀へと腕を伸ばす。弐城が女生徒の足を掴んだ刹那、待っていたかのように女生徒は一瞬弐城の腕に吊あげられる形になるように他方の足で地面を蹴り、逆立ちになったと同時に薙刀を地面すれすれで横へ薙いだ。弐城が手を離すもすでに女生徒の薙いだ刃は弐城の足へと向かっていた。
「思いきったなぁ」
蓮が感心したのもつかの間だった。
弐城の足が刃を踏みつけ薙刀を止めると、今までの些細な動きとは打って変わり全身を瞬時にひねると高速な蹴りを女生徒の顔面へと寸分ためらいもなく放った。捨て身の攻撃だった女生徒の顔面に、見事なまでに綺麗な蹴りが突き刺さった。
逆立ちから落下する刹那に顔面を蹴り飛ばされ、着地もままならないまま引きずられるように後方へと吹き飛び、女生徒は動かなくなった。
「こりゃ、脳震盪もんやなぁ。かわいそうに」
六條も思わず蹴りが刺さる瞬間は目を反らしていた。そして再びモニターに目を向ける。アーマノイドを解除した弐城がただじっとたたずんでいた。
技能測定が終わり、控室は静けさのみが漂っていた。
作品名:University to GUARD 第1章 作家名:細心 優一