University to GUARD 第1章
蓮の声がアーマノイドのマイクを通してスピーカーから響き渡る。防いでいたはずの永峰の両腕が蹴り上げられ、みごとなまでに腹部が無防備になった。蓮が腰を落としフィギュアスケートのスピンよろしく強烈な回転数で接近し、回転力が乗った蹴りを放った。
無言のまま、だがしかし無念さをあらわにしたまま後方へと永峰が吹き飛んだ。
「かったいのは頭だけやないなぁ」
アリーナ中央に示された残時間が残り残酷なまでに時間を減らしてゆく。残りは二十秒。
「無念だ」
起き上がりながら永峰は膝をついたところで止まった。誰もが見てすぐに理解した。たとえアマーノイドを装着していても、内部のショックアブソーバーには限界があるため生の肉体にもダメージはフィードバックされる。そのダメージで起き上がれなくなった永峰は顔だけ蓮へと向けた。強制解除に至っていないことから、許容耐久値を超えたわけではなさそうだ。
残時間がゼロとなり、測定終了のブザーが鳴り響いた。
「そこまで。両者アーマノイドを解除せよ」
二人は解除するとアリーナを後にした。控室に戻ってきたのは蓮一人だけだった。測定後は自由行動になっている。
蓮が控室に戻った刹那、その場にいた全員が蓮を見つめた。瞳の中にはみなが驚きと恐怖を宿していることなど、六條でも気づいた。
「信ちゃん、なんとか勝ったで」
さっきまでの蓮をは打って変わり、いつものフランクな物腰で話しかけてきた。
「すごいな、蓮……」
改めて六條は蓮の体を、脚を眺めた。これがさっきまで武器として振り回されていたのか。
「なんや、惚れ直してしもた?」
「そもそも惚れてない」
「なんや、残念」
両腕を頭に回しながら笑う蓮をよそに、周囲は触れないように目をそむけ始めた。アナウンスが流れ、控室のモニターに新たな測定生徒が表示された。
〈六條信哉・河野大志〉
「お、信ちゃんやな」
「あぁ、頑張ってくるよ」
六條が振り向くよりも先に控室のドアが閉まる音がした。
どうやら相手は先に退室したらしい。続いて六條も蓮に見送られながら控室を後にした。ひたすら廊下を歩き、入口にさしかかったところにMPOの男が二人待機していた。
「これを腕に装着するように」
渡されたのは先に蓮や永峰がつけていたリストバンド、いわゆるA.C.である。
「アーマノイドの装着は解除許可が下りた時だけとなる。今ならアリーナにいる男の合図と同時に許可が下りるので注意するように」
腕にA.C.を固定し、アリーナへと入場した。すでにA.C.を装着した男が中央にいる。技能測定を取り仕切るMP0の男の誘導に従い、先にいた男、河野と対峙した。
「よろしくね」
決して優男とはいえないまでも、爽やかな笑顔で挨拶されたのは予想外だった。おかげで六條は「お、おう」としか反応できなかった。体はスマートで髪は短く、身長も六條とさして変わらない。瞳が大きく丸い顔がなんとも柔和な雰囲気を醸し出していた。
「それでは、両者アーマノイドを装着してください」
Installationという掛け声と共に両者の体がアーマノイドに包み込まれていく。モニターで見ていたような重さは無く、六條は軽く体を動かしてみた。体にうっすらと“膜”がのった感じで、自分の動きがほぼ100%アーマノイドにも反映される。拳を片方の手に打ちつけて見ると、見事に作用反作用の力が跳ね返ってきた。少々違和感があるのは、実際に手と手を打ちつけて得られる力の感覚ではなく、あくまで打った力と跳ね返ってくる力が別々に感じられる点だろうか。もっとも、この“フォース・フィードバック・システム(FFS)”が無いと、力の加減はいざ知らず歩いたり走ったりすら出来なくなる。
体の感覚はさることながら、眼前の情報量に六條は圧倒された。このデフォルト・アーマノイドは顔までフルフェイスのように覆い、顔面部位と側面耳までの部分が半透明のバイザーとなっており、視界は確保されつつ、HUD(ヘッドアップディスプレイ)がバイザーに表示されるため、相手を見つつも視界の至るところに自身のアーマノイドに関する情報が表示されている。アーマノイドの全身像を縮小した図と、その図に指し示す形で各部位の耐久値、全身像に並ぶ形でゲージが二本並び、総EN(エネルギー)残量と瞬間出力限界と現状出力が表示されている。
「両者使用武具の申請をしてください」
ヘッド部分のスピーカーから耳に直接、前にいるMPOの男の声が響いた。若干エコー気味に聞こえるのは、おそらくヘッド部分のパーツは全密閉になっておらず、耳の部位はわずかにあるいは無数に穿孔されているからであろう。これによって、外の音も聞くことができる。
「槍を」
眼前で同じようにアーマノイドを装着している河野の声も、六條のヘッド部内に響いた。
「了解しました。あなたは?」
MPOの男がこちらを見、河野は槍を受け取っている。
「双剣をお願いします」
「わかりました」
およそ自分の腕の長さくらいだろうか、これもデフォルトであろう剣二振りが六條に渡された。
いわゆる“剣”。刃が諸刃となっており、刃渡りはおよそ一メートルくらい。少々、大きい印象だった持った感じに違和感はなかった。対して、河野の持つ槍はなかなかに長い。切っ先はわずか三十センチほどだろうが、柄が槍らしく相当に長かった。立てると河野を超えるあたり、どうやら二メートル程はありそうである。その切っ先がゆっくりと六條へと向けられる。
「双方、構えよ」
六條も両手に持った剣を構える。半身になり左手に握られた剣が河野へと切っ先を向け、右手は横に薙ぐように寝かせて構えた。
「始め」
男の合図から刹那のうちに穂先が一直線に六條へと向かってきた。二人が対峙した間合いはおよそ二メートル。どう突き出したとしても六條に届くわけがない。その考えを押しのけたのは河野の気迫だった。伸びてきた切っ先が瞬時に引き込まれ、六條がわずかに下がったタイミングに合わせて踏み込み、槍を腕に抱えて地を蹴り跳躍しながら横に薙いだ。遠心力と河野の体重が充分に乗った一閃は、見事に双剣で受け止めた六條もろとも吹き飛ばした。
六條のHUDに映る様々な情報のうち、両腕と背部にあたる耐久値が減少した。すでに河野はこちらへ向かって突きを繰り出そうという態勢だった。相手の突きの速さを見れば、避けることなどできるはずもない。六條は剣を握りなおすと真っ向から向かってくる河野へと左手の切っ先を向けた。槍は問答無用とでも言うかのように突き出されてきた。六條の剣を僅かに掠めるように槍が入り込んでくる。その時こそがすべてだった。わずかに左手の剣をぐっと右へ押し出した。たったそれだけで、穂先の軌道は根元から動かされたため角度が付き、六條の体を外れる形となった。僅かに体を外れて伸びきった槍に対して、六條は深く踏み込むと右手の剣で槍を抑え込み穂先が下がったところを軽く跳躍すると河野へと僅かに背を向ける格好のまま右足で踏みつけ、槍を台に回転をかけて河野へと一気に飛翔した。
作品名:University to GUARD 第1章 作家名:細心 優一