University to GUARD 第1章
そのメッセージには技能測定の概要と組み手の相手が記されていた。技能測定、それは要するにまだ何も調整していない、すなわち全員が同じアーマノイドを装着しての戦闘である。そして、六條の相手は顔も素性もよくわからない男だった。しかし、蓮の相手は。
「なぁ、蓮。さっき偶然蓮の相手のことを」
「なんや信ちゃん、心配してくれんのか?わしの相手がさっきの大男、永峰法(ながみねほう)延(えん)やから」
「なんだ、知ってたのか」
蓮の薄らと開いたことを六條は見逃しはしなかった。
「なに、いざやってみるまでわからんよって。それに……たとえ技能測定いうても、男は勝負事に勝ちたいもんちゃうか?」
歩いて十分もかかる“食堂”にたどり着き、なんとか飯にありついた六條はなおも対面に座る蓮を見つめていた。正確には、虚空を見つめる先に蓮がいるだけである。
「なんや信ちゃん、えらいこっち見つめて。さてはアレやな?信ちゃんのストライクゾーンにわしが」
「入ってないからさっさと食べるぞ」
技能測定。空手的に言えば組み手、柔道的に言えば乱取ようするに一対一の模擬戦闘だそうだ。そこでアーマノイドに対する適正検査も兼ねているそうだ。
触ってもないものをいきなり動かせ、というのだから粗いことこの上ない。いわば、乗ったことも無い車にいきなり乗せられて運転してみろ、と言われているのと同義だ。
「お、そろそろえぇ時間ちゃうか。いくで、信ちゃん」
「あ、あぁ」
盆を返すと二人は技能測定が行われる場所“武道アリーナ”へと向かった。新入生ならばすでに昨日時点で来ているはずの場所である。入学エキシビジョンが行われた場所だからだ。しかし、今日は観客席ではない。自身がアリーナ上で闘うことになる。
受付を済ませると、新入生達が控室にひしめき合っていた。時間で区切られているためか、あふれかえるほどではない。偶然にも、蓮と六條は同じ時間帯での技能測定だった。控室のモニターにはアリーナが映し出され、アリーナの地面を“蜘蛛”のようなロボットが縦横無尽に動き回って整地している。
「おぉこわ、えらい仏頂面しとるで」
声を潜めながら蓮が首でしゃくった方を見ると、さっきの大男、永峰法延がじっとモニターを見据えて立っている。
「聞こえるぞ」
六條が注意するのもむなしく、永峰はこちらに気づくとまたモニターを見やった。
「おい蓮……」
「かまいやせぇへんよ」
周囲を見渡すと、誰もかれもが緊張と初対面ならではの疑念感で控室は静まり返っていた。モニターが切り替わり、上部に“アナウンス”と表示された。
<お集まりのみなさんに連絡します。これより、新入生技能測定を行います。名前を表示された方は入場ゲートにて、係りの者からA(アーセナル).C(コア).を受け取り、装着してアリーナ内へ入場ください>
ポン、という電子音と同時に対戦カードが表示された。
<翳霧蓮・永峰法延>
「一番かいな、こりゃかっこええとこ見せんとな」
伸びをしながら出ていく蓮を、永峰がすっと追って控室から出て行った。
モニターが再びアリーナを映し出す。しばらくすると、腕にリストバンドのようにA.C.を付けた二人が現れた。続いて軍服のような制服を着た男が姿を見せた。MPOという腕章が付けられている。
「両者位置につけ」
MPOの男の声を合図に、男を中心として蓮と永峰が相対して距離をあける。
「アーマノイドを装着せよ」
二人同時に「Installation」と言うやいなや、すぐさま二人の体を灰色の金属が包み込んだ。
装着したアーマノイドの色、形状は“デフォルト”であるが故に同じだが体つきの違いがそのままアーマノイドに反映されていた。“スリムな鎧”とでも形容できる容姿をした二人が相対している。
「武具の申請を」
二人の中央に立つMPOの男が左右を交互に見る。
「不要」
ぐっ、と拳を握りしめ腰をわずかに落とし半身に永峰が構えた。
「わしも、いらんよ」
両手をだらんと下におろし、右足をすっと小さく半円を描くように後方へ滑らせて蓮も構えた。いわゆる格闘術における“構え”をした永峰に対し、“無防備”とも言える構えをとった蓮は非常に対称的な構図だった。
「よろしい。では、これより新入生技能測定を開始する。両者、始め!」
男の掛け声を合図に永峰が一気に間合いを詰めた。適切にして、確実な間合いで堅実な拳を交互に息を吐くのと同時繰り出していく。後ろへ下がりながら、上半身一つで猛攻をかわしていく蓮は、遠目にはいとも簡単に避け続けているように見えた。ここぞ、と永峰が大きめの歩幅で踏み込み凄まじい速さで突き出した拳をひざ蹴りで止めた蓮は後方へと飛びずさった。
「さすがやな、兄ちゃん。腰のひねりも効いとるし、きちんと鍛錬積んだ闘い方や。さしずめ、空手やろ?」
「目と口だけは達者なようだな」
「だけやったらノーダメージなわけないやろ」
「言ってくれる……」
永峰が構えにおいて足を引き始める。
「一撃で沈んでもらおうか」
間合いを詰めかけた刹那、空気を切るかのような“鎌”が蓮へと降りかかった。六條や控室のメンバーに見えたのは永峰が一瞬足を振りかざし蹴り下ろす瞬間、そして今その足が蓮の足によって止められている姿だけである。
「えぇ回し蹴りやなぁ、びっくらこくわ」
「貴様……」
「ただ、脚でわしを沈めようっちゅーのは気に食わん。これでもな……」
永峰の足を、地につけた両手を器用に回しながら蹴りあげた蓮は逆立ちの状態から一転、すぐさま立ちの姿勢へと戻った。すっ、と永峰へ向けて蓮は右足を突き出す。
「そこそこ修羅場は潜ってきとんねん。人さまなめんのもたいがいにせぇ」
六條はモニター越しに見た蓮の顔に思わず声を上げかけた。いつもニコニコ笑っているはずの蓮の眼が、片目だけではあるものの細く、そして鋭く見開かれていたのだ。
互いのアーマノイドのディスプレイに表示された各部の耐久値、そしてそれらを総合した耐久値が双方ともに減少していた。無論、互いに相手の耐久値は見えるわけはない。
「なかなか効く蹴りやなぁ、相殺できたかおもたんやけど」
「貴様もな」
「ほな、こっちからも行こかい」
蓮が初めて腰を落とし、一気に永峰へ跳躍した。
技能測定の制限時間は十五分。すでに永峰、蓮の二人が測定を始めてはや七、八分経過していた。残った時間は半分。技能測定という目的などとうの昔にどこかへいったのか、二人の、いや控室にいるメンバーすらも雰囲気に呑まれていた。まるで決闘であるかのようなこの空気感に。
蓮の高速なソバットを皮切りに、先とは打って変わって蓮の蹴りがなんども永峰に襲いかかった。長い脚による軌跡は見事の一言だった。華麗に、しかし素早くなんども蓮の脚が交互にテンポよく永峰に向かっていく。永峰が防戦一方になっていた。もどかしさは見ている六條にも充分に伝わってくる。何度か永峰の拳が防御を解いて攻撃に出ようとするが、それを一切許さないコンビネーションで蓮の蹴りが繰り出されていく。
「あかんで、ワンパターンや」
作品名:University to GUARD 第1章 作家名:細心 優一