University to GUARD 第1章
入学段階で渡されたタブレットの画面を手で操作しながら、スケジュールを確認した。便利なものだ。大学ではPSD<Potable Student’s Device>と呼ばれる代物だが、ホログラムインターフェースまで備わっており、大きさは男ならギリギリ片手に収まるサイズである。六條はサイドのスライドを引いて画面をホログラム化させた。
「へ~、もう使いこなしてるんだ」
肩に顔が乗るかのような姿勢で八条がのぞき込んでいる。
突然の声に思わず座っていた椅子が物音を出すほどに六條は飛び上がった。
「お、おい突然人の部屋に入るのは」
「ノックしても全く反応無かったし、鍵空いてたから入っちゃった」
おい、と出かかった声を八条の顔を見て押しとどめる。もとい、出なくなっただけのことだが。
「それにしても、もう使いこなしてるんだ。すごいな~」
八条は六條のPSDに腕を伸ばし、そのまま表示されている明日のスケジュールをのぞきこんた。
「私も使えるようにならないとな~、これ」
そう言いながら六條のPSDを手放すと、そのまま六條の部屋だということに何も意識がないのか、ベッドの淵に八条は腰かけた。
「六條君は戦闘学部だよね。私、看護支援学部だから講義が始まったらバラバラだね」
「そうだな、互いに履修する講義が重複する可能性も低いだろうし」
「あ~あ~、寂しいなぁ」
一体何なのだ、この女は。内心早く出て行って欲しいと六條は何度も心の中で訴えかけたが、そんなものが通じるわけもない。そもそも、寂しいと思うほど仲が良くなったという認識を八条が持っていることに今驚いている程だ。
「しょうがないんじゃないか、それは」
「む~ん。よし、寂しくなったら六條君の部屋に来よう、うん」
「ん?」
「鍵空けといてね」
衝撃的な言葉を残し、八条は六條に手を振ると自室へと戻って行った。
「なんなんだ……」
そのまま六條はベッドへと倒れこんだ
*
PSDに起こされ、六條は着替えると部屋を出た。すでに居間には八条が朝食をとっている。何故かこの寮は、みなが集まって一斉に飯を食べるのは昨晩だけの新入生歓迎晩餐会(仰々しい名前だが思い出せば飯を普通に食っただけだ)の時だけであり、後は各自で自由にしろとのことなのだ。
「あ、六條君おはよう。六條君も食べる?」
まさかとは思ったが、やはりこうなるようだった。食べる、と質問されれば大抵は二択を選べるものだが、すでに居間のテーブル八条の対面にもう一人分が用意されている。選択肢が無い。
「あ、あぁそうだな」
「良かった、ちょうど用意してたんだよ」
ちょうど……丁度。言葉の意義を考えながら六條は席に着いた。
「そろそろ集合時間だな」
六條は時計を見、八条に「先に行くよ」と伝え、戦闘学部の新入生が集められる“学生会館―本館”へと向かった。
館の中はありとあらゆる新入生であふれていた。そこかしこにPSDを持って列をつくっている。列の頭は各列ごとに異なる講義室にあった。アーマノイドを創成、制御するA(アーセナル).C(コア).を個人単位で作るために採血をする必要があるそうだ。もっとも、詳しいことはおそらく講義で学ぶのだろうが。
「どの列に行けばいいんだ」
五つの講義室を使って、戦闘学部に入学した六百人がそこかしこに列をつくっているのだ。仕方なく、一番人が少ないであろう列に六條は並ぶと列を眺めた。PSDにメッセージが届き、六條は周囲に合わせる形でPSDを開いた。
<六條様 本館への到着を確認しました。空いている列に並び、係りの者の指示に従って採血を済ませてください>
PSDは位置情報すらも送受信し、リアルタイムで監視されているのか。などと思いつつ、列を見やる。すぐに捌けるほどにこの採血は楽ではないらしい。見れば、採血した血液をその場で何滴か試験管に入れ、反応をみているようなことをしている。驚きなのは、多少色が似通うことがあっても、誰ひとりその試験管の中での反応が同じである者がいないのだ。
「お、こっちの方が空いとるやん」
六條がPSDを見ていると後ろに並んできた男が言った。
「なぁなぁ、ちょっとええか?」
馴れ馴れしい声のかけ方だ、などど考えつつ六條は振り返った。
「わし、翳(かげ)霧(きり)蓮(れん)いうんやけどな。お前さんの名前聞いてもええか?」
「あぁ、俺は六條信哉だ」
「なる、じゃあ信ちゃんやな」
何が信ちゃんなのか、なんだこいつは。髪を短くしつつもオールバックに固めた男は、柔和な顔でこちらを見ていた。人当たりは悪くなさそうだ。
「わしのことは蓮って呼んだってーな」
「そうか、わかったよ」
「『わかったよ』だけかいな~。なんや釣れへんなぁ、信ちゃんは」
「他に何かあるのか?」
「ないけどな~」
本当に何なんだこいつは。蓮に構っているうちに列がだいぶ進んでいた。列を追う後ろから蓮がそっと話かけてきた。
「見てみ、あの採血係を挟む両サイドの軍服着たにーちゃん達。知っとるか?あれが噂の“学園内の警察”やで」
「警察?軍服なのにか?」
「あくまで呼び方やよ・び・か・た。えーとなんやったかいな、正式名称は確か……」
「正式名称は?」
「すまん、忘れた」
「Maintenance-of-public-order machinery 通称MPOだ。そんなことも知らんのか」
蓮と六條が声の主の方へ振り返ると二人の後ろに並んでいた男がこちらを睨みつけている。驚いたことに、蓮や六條よりも背丈が高く、がたいも充分に大きい。蓮も六條からすれば相当に背丈が高いのだが、それを推して余りある背丈の高さだ。
「なんや兄ちゃん、怖い面して。そんなんじゃ女の子どころか男にまで怖がられてしまうで」
「構わん。貴様のようなヘラヘラした男になど好かれようとは思わん」
「お~こわ、言うてくれるわ」
蓮は笑いながら大男に対応している。いや、正確には口元だけ笑っている、というべきか。蓮の眼は細められたまま微動だにしていない。
「いいから前へ詰めろ。後ろがつっかえている」
「あぁ、はいはい。ほら、信ちゃん前進前進~」
蓮に背中を押されつつ六條たちは前へと詰め気づけば採血の順番になった。特に問題もなく、蓮も六條も採血が終わり二人が本館を出たと同時にPSDへのメッセージを通知するアラームが鳴った。
「ん~、デフォルトのアーマノイドで技能測定やて」
「昼飯食ったら即運動か。健康的などうなのか……」
「まぁまぁ、ええやないの」
笑いながら蓮は六條の前を歩く。こうして後ろから見ると、蓮が何気なく理想的な男に見えた。長髪を結った髪は風になびき、長い脚は体全体の締まりを非常に良く強調している。
「なんや信ちゃん、はよこっち来ぃな。あんまぼぉっとしとると食いっぱぐれるで」
こちらを振り返ると爽やかな顔で再び蓮は歩き出した。六條はPSDに送られたメッセージをじっと眺めた。彼は知っているのだろうか。あるいは知らないからあんなに笑っていられるのか。
作品名:University to GUARD 第1章 作家名:細心 優一