とある王国の物語2
脱兎の如く、階段を駆け上がる。
その勢いのまま、靴下の滑りを利用して部屋の前に滑り込んだ。渾身の力を込めてドアを開け放ち、肺活量の限界まで息を吸い込むと綾は叫んだ。
「人の部屋に勝手に上がりこむな――――――ッ!!!!」
階段を急上昇したせいかさすがに息が切れた。肩でぜーぜー言いつつ、ちゃっかりスウェット姿で自分のベッドの上を完全に占拠している男を怒鳴りつける。
しかし返されたのは、そんなこと意にも介さない、とでも言いたげないつも通りの笑顔だった。
「あ、遅かったじゃん。パスタおいしかったよ」
「ッ・・・」
へらりとした態度に、もはや怒る気力も失せた。続けて、持参したらしい本がぶちまけられているベッドの上を見て、途方に暮れる。
「お前な・・・・・」
「だってやる事無かったし、うち誰もいないし。帰ってこないそっちが悪い」
「情報部隊はそんなに暇なのかッ!?」
呆れ半分に声を荒げるが、庵はただ笑っただけだった。本人と同じく庵の両親も情報部隊に所属しているが、国外に諜報活動に出ていることが多く、小牧家は常に留守がちだ。
そのせいか、家が隣同士というのもあってしばしば庵は高瀬家に上がりこんでいる。
「・・・暇ってわけじゃないけど、まぁ人多いし。分母も多いけど分子も多いから」
「意味わかんねぇ・・・」
「分かんなくていいんじゃない?別に」
相も変わらず、身も蓋もない事を言う男だ。本をどかしてベッドの上に腰を下ろす。
正直、もうなんでもいいや、と言った感じだ。諦めの境地、とでも言おうか。
よく見ると、庵の髪が濡れていた。既に風呂まで入り終わっているようだ。
「それで、今日はいつまでいるの?」
泊まってくのか?という意味だが、
「・・・・」
「ちょっ、今俺どこで地雷踏んだ!?わかんねぇよ!!」
「分かれよ」
「はぁ!?」
答えるのが遅くなるとこれは間違いなく首締められるな、と焦っていると、背後から庵が抱きついて来た。首に腕をまわして顔を覗き込んでくる。締める準備はできている、ということか。
「・・・・」
「早く答えろよ」
ぎりぎり、と腕が締められていく。
「待てよ!苦しい!」
「待たない」
締めすぎ!おふざけで済むレベルじゃねぇし!
「ちっとは、容赦しろ!」
「・・・・」
無言で笑う庵。
酸素不足で視界がぼやけていく中、どうしろと!?と、とりあえず部屋の中を見回すと、ふと部屋の入口に庵のバッグが置いてあるのが見えた。かなり大きめのものだ。あのサイズのバッグに本だけを入れてきたとは考えづらい。きっと、泊まる為の荷物を持ってきたのだろう。
「あ・・・普通に泊まるつもりだった、ってこと、ね・・・?」
恐る恐る語尾を疑問形にして聞いてみるが、・・・・反応が無い!怖い!・・・・・しかし。
「・・・・・」
無言ながらも、腕に込められた力が緩んだ。当たりだったらしい。
けほっ、と咳き込む。大げさだなぁ、と平然とこちらを見つめる庵を思わず睨みつけた。
「締めるのはやめろって」
「・・・・?」
こくり、と首をかしげる庵。言っても無駄なようだ。
「ご飯食べてきたら?どうせまだでしょ」
「あっ・・・・!」
すっかり忘れていた。
いつも、いつの間にか庵のペースに乗せられ、自分がやろうとしていた事などは全て吹っ飛んでしまう。
「はぁ・・・。」
悔し紛れに、夕食と風呂を一時間かけて済ましてきてやる事にする。ただ、そのささやかな嫌がらせも気が付いてもらえるかどうかはわからなかった。