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『喧嘩百景』第9話緒方竜VS松本王子

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 「天(てん)ちゃーん」
 王子は竜に手首を掴まれたまま光に手を振った。
 「先輩っ!!」
 光の声が竜を呼んだ。
 竜はちっと舌打ちした。
 ――あほや―――俺。


★             ★


 「頭悪いとは聞いてたけど、ここまでバカだとは思わなかった」
 天野光(あまのひかり)は、ぶうぶう文句を言いながら、ふわふわのエアマットに埋もれている二人の身体を引きずり出した。
 竜(りょう)の身体の上に王子(おうじ)がちょこんと座っている。
 「ホントバカだな」
 羅牙(らいが)もその脇で首を縦に振る。
 「でもまあ、さすが竜ちゃんというかさ、あの土壇場でよくやるよねえ」
 エアマットを準備していた美希は、それこそギリギリまで落ちていく二人を見守っていた。竜に押さえ込まれた王子の身体が地面に叩き付けられる寸前に、エアマットを展開するはずだった。だが、それよりも前に竜が身を捻って体(たい)を入れ替えたのだ。
 美希のエアマットが二人の身体を柔らかく受け止めたものの、王子の身体はまともに竜の上に落ちていた。
 「お前もだ、松本。バカにも程がある」
 光はいらいらと煙草を取り出して口に銜えた。
 「死ぬかと思ったよ」
 当の王子はいたって呑気だ。竜の身体の上に座ったまま一同に笑顔を向ける。
 「天野、うちとやりたきゃもうちっと修行してから来るんだな」
 羅牙は王子を抱き上げて光に突き付けた。
 美希が空中から王冠を出して王子の頭に乗せる。
 ――二中のダーティペアか。
 光は羅牙の手から王子を受け取った。
 女にでも抱き上げられるくらい軽い身体。
 ――こいつをぶつけるには無理があったか。
 光は王子を地面に下ろしてやりながら煙を吐いた。
 「緒方竜さえ叩いておけばほかの者は手を出さない」――「あいつ」はそう言ったが――。どいつもこいつもとんだ食わせ者じゃないか。
 「あいつ」、俺たちの方を試しやがったのか。
 彼は王子と竜を見比べた。
 呑気な笑顔と気を失って長々と伸びている間抜け面。
 緒方竜――極度の高所恐怖症のくせに三階の高さから飛ぶなんて。しかも、それほど――恐怖を忘れるほど頭に来ていたのに、何故、最後の最後で王子を庇うことができたのか。
 「今日のところは君たちの負けだね」