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『喧嘩百景』第9話緒方竜VS松本王子

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 竜は身体の感覚と二人の構図に違和感を感じて身体に力を入れた。
 ――!!
 全く脱力していた身体に全感覚と先ほどまでの記憶が戻る。
 「羅牙!!」
 竜は慌てて自分の手を握る羅牙の腕に縋り付いた。
 その手以外に彼の身体に触れているものは何もない。その細腕だけが彼の身体を支えているのだ。
 羅牙が彼を落としてしまうとは考えられないが、地に足が付いていないなど、堪えられない。
 「羅牙」
 彼女は黙って視線を上の階へ向けた。
 「先輩、楽しませてもらったよ」
 羅牙と美希の頭上の図書館の壁に松本王子が垂直にしゃがみ込んでいた。四階の窓。銜え煙草の男が王子の手を掴んでいる。
 ――あいつら……。
 「天野光(あまのひかり)だ。緒方竜、あんたの攻略法はリサーチ済みなんだよ。残りの一年、大人しくしててもらおうか」
 男は口の端から煙を吐きながら竜を見下ろした。
 王子のものとはまた違う挑発的な瞳。
 ――大人しゅう…せえやと?
 竜は落ち着かない頭で一生懸命考えた。
 ――この俺様に…大人しゅうせえやと?――こ…こないなことで俺様に負けを認めっちゅうんか――。
 竜はぎいっと歯を鳴らした。
 「こんクソガキ…、人をなめんのもたいがいにしときや…」
 竜は羅牙の手を引いて自分の身体を持ち上げた。
 認めたくはないが羅牙の力は解っている。
 彼女の力は安心していい支えなのだ。
 竜はそれを頼りに壁を蹴った。
 三階の窓に足を掛けて壁に座り込んでいる王子に手を伸ばす。
 「先輩、落ちるよ」
 王子がせせら笑う。
 竜は羅牙の手を振り払って王子に飛び付いた。
 四階の窓で王子を支えている光の腕に竜の体重が掛かる。
 王子の手は簡単に光の支えを手放した。
 「松本!」
 王子の行動は光にも予想外のことだったのだろう。口元からぽろりと煙草が落ちる。
 「クソチビ、殺す」
 竜は空中で王子の両手首を掴んで身体を地面の方に向けさせた。
 力は強くない。
 軽い身体は驚くほど簡単に竜の思うままになった。
 「松本!!」
 竜の背中を光の声が追ってくる。
 ――泣け泣け、あほんだら。
 竜は王子の足を押さえ込み身体に膝を乗せた。
 ――様あ見さらせ、俺様をなめくさったばちや。
 地面が目前に迫る。