シンクロニシティ
――駄目!! やられるわ!! くそ!! シンクロ!!
【ZONE-1/1000】
パフォームの刈谷のZONEにより時間が緩やかになる。それは誰にも見つからない場所へ退避しようとした桜のシンクロに対して千分の一秒の速度で世界が進む。刈谷が虹色の影となる。その影は桜の影を四次元で追う。漆黒な海の真ん中にシンクロした桜。影と同化させ、宙へと留まる。シンクロを使いこなしている桜。集中力が必要な影との空中同化。考える時間が欲しい。そして、きっと振り向けば、Pの刈谷が空中でたたずんでいる事も気づいた。
「くっ!!」
真っ黒な海へ潜る桜。その瞬間、影を都市部へ飛ばす。桜が探したい人物は春日。この事態に一番長けていると感じるファクター。刈谷が、海に沈んでいくRの桜とシンクロする影、どちらを追うのかは一瞬判断が遅れていた。
シンギュラリティ世界でその様子を眺める町田。
「海かあ……いいところ逃げたね桜ちゃん。ちょっと海は予想不可能性があるからパフォームは行かせられないな。そして、やっぱパフォームはシンクロで影を追い始めたみたいだね」
月の光が揺らめく波。町田が眺めるパフォームの刈谷の視界に映るモニターの横には、パフォームの田村が別のファクターを追っていた。
19:19 精神病棟。地下三階。
出浦に続き下村も自分が想う居場所へシンクロした収容室。鈴村の応急処置が完了し、桜と共にRの鈴村を探しに向かおうと立ち上がる二人に対し、弥生は思うことを伝える。
「桜さん。あなたが救急処置で運ばれたあと、再び管轄が現れて、一人の男性の処置をしたわ。その人は、今のあなたの能力と同じ影響なのか、筋肉の伸縮や回復が普通じゃ有り得なかったのよ。多分、ここにいる管轄に身に覚えがなければ、その管轄は、モンストラス世界の管轄。その管轄が連れてくる人って、どういう人だと思う?」
シンギュラリティ世界の病室で桜の脳裏によぎった人物。本部を抜け出し、さまよい歩き始めた何者か。名前も明かされず、人間だと伝えられた人物。
「弥生さん、ありがとう。希望が見えてきたわ」
振り向く弥生に感謝する桜。その弥生が再び正面を向けば、自分の願いを聴いて欲しい収容者が期待に目を輝かし、弥生が聴いてくれるのを待っている。
「じゃあ、桜さん、管轄、私はここでみんなの心のケアをしなきゃいけないから、二人がこの世界を落ち着かせてくれるのを待ってるわ!」
うなずく桜は収容室の鍵がついた鉄格子に近づく。能力により、桜には想像以上の力を身につけたと実感した桜と鈴村であったが、どれだけ強く念じて鉄格子を曲げる事を試しても動かない。それはまだ、能力の扱い方の理解が及ばず、緊急事態のみに、自分が無意識に近い状態の時だけ発揮できた不安定なフェムの能力。
「管轄、どういたしましょう」
「仕方ない、皆を離れさせて、拳銃で……」
その時、守衛室から近づいてくる足音が聴こえた。足取りの悪い足音。それに加えて引きずる音が聴こえる。
「誰か近づいてくるわ」
その這いずる足あとに加えて、細い金属がぶつかり合う音が聴こえた。見えてきた人物は二人。それは直前にシンクロをした下村敦とその妻だった。
「神……さま、ここ、出たいですよね。俺……出します。鍵……見つけました」
「夫を助けてくれて、本当にありがとうございます」
世界に目覚めている下村と目覚めていない妻は、下村のシンクロにより二人で精神病棟へ戻ってきた。その現象に下村の妻はすでに見た奇跡の出会いを体験した事で抵抗なく笑顔で現れ、信じる夫の言葉通り、鍵を探し、収容室までやってきた。
「助かるわ! ありがとう」
弥生の言葉に照れを表現する下村。そして収容室の鍵が開錠した音と共に、下村と、その妻は、笑顔で向き合いながら収容室の前から消えた。
「弥生さん、行ってくるわ。そして、外よりここの方が安全だと思うから、なるべく外に出ないようにね」
「わかったわ。気をつけて」
掛け走る桜。負傷しながらも桜に遅れをとらない鈴村。地下二階、地下一階と上がり、地上一階の事務室まで上がった。すでに職員が不在の精神病棟。Rの弥生も含めて、地下二階で起きた銃撃音や、地下三階の騒動に恐れた守衛もいったん精神病棟から逃げ出していた。そして、桜と鈴村が耳にしたのは、巨大なスピーカーから流れる音なのか、それでも生々しい生き物の悲鳴と、存在感の証明と言わんばかりの胸に響いてくる何かが外の空気を占領していた。
19:24 支所屋上。モンストラス世界を四次元の世界で眺める春日がひとり。そこに映る認識色の変化に言葉を発する。
「Rの鈴村くんは、滅ぼしたかったんだね。シンギュラリティ世界も、モンストラス世界も。てっきりモンストラス世界は残すのかと思ったけど……『1』より『0』を選んだんだね。もしかして『3』より『1』の意味かな。ふふ、だからいい。誰もが今まで、どちらかの惑星を残そうと考えたよ。だから、宇宙の運命が見えなくなった。今回こそは、俺がキャリアを保有してみようと思ったんだけどね……まあ、鈴村くんの事はもういいよ。どうしてもシンギュラリティ世界の君が交代したいって言ってたから、この世界へ潜入する役を譲ったのに、殺されちゃうだなんて、間抜けだったね、田村くん」
気配を感じ取っていた春日。屋上で春日が振り向いた先にいるパフォームの田村。言葉が通じる相手に感じないたたずまいで春日と向き合う。
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シンギュラリティ世界で加藤達哉に惨殺された本体の田村。本来は重要任務でANYに選ばれ、そして『ANYに選ばせた』春日が潜入する予定だった。二番候補の刈谷。三番候補の田村。その田村は昇格を狙い、春日に懇願して叶った潜入の権利。そして加藤達哉の館で一時的なジャメヴュ状態の加藤に理由もわからず惨殺された。その死体をモンストラス世界で田村の取り巻きが見つけ、別の世界があることを疑わなかったRの田村。二つの世界で生きたそれぞれの田村の願いは叶わず、野望の下に倒れた。それでも肉体をパフォームの器うつわとして選ばれた田村。それはパフォームの動きにも耐えられる身体能力を兼ね備えていた人物である証拠。そして、器は、死に直面した者にしか、同化することが出来なかった。命令更新によるデジャヴュの制限時間は最大でも60分以内。可能性が残っていた器は、田村の意識がないところで活用された。
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【ミッション-開始】
「笑わせないでね。田村くん」
支所の屋上に突然ヒビが入り、人が簡単に吸い込まれそうな地割れが起きる。地割れの先には立っていた田村の姿は居なかった。すでに見えていた事なのか、うろたえる事なく田村は地割れから逃れている。
深い地割れ。それは屋上だけでなく、一階まで破壊されていた。地割れの奥、裂け目の奥深く、高い声が聴こえる。
「仁!! 仁!! そんなぁ!!」