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シンクロニシティ

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「12:18……春日ぁ 、お前持ってきたぁ?」



 桜に詫びる春日。

 春日の到着の遅れが時間に厳しい桜の機嫌が悪かった原因の一つでもあった。そんな二人の様子に区切りをつけるように、会社用の腕時計の時間を確認して話を変える刈谷は、普段からそのように叱咤する桜から職員をフォローする慣れもあった。



「はい! 防護ウェアですね! 防炎薄型に改良されたのでこの上からスーツも着れます!」



「そう、私は車で着替えるわ」



「じゃあ俺達はあっちの方で着替えますねぇ」



 桜は春日から奪うようにウェアを取り、春日が乗ってきた社用の四駆車に向かう。

 刈谷と春日は館の玄関付近にある鉄柵へ。

 館と鉄柵の間で上着を脱ぎ始める二人。

 刈谷は桜に叱られた春日をなだめるつもりで語りかける。

 その瞬間、事実は吹き飛ぶ。



「春日ぁ、まぁ深く考えすぎるなょ……ぐぁ!! ああああぁぁぁ!!」



「はがあぁ!!」



 突然、館が爆発する。その爆発の威力は、桜と刈谷が予想していた以上に。ガソリンをまかれていただけとは思えないほどの勢い。

 館に背を向けて立っていた刈谷と春日は、爆風で吹き飛ばされる。



「刈谷ー!! が! あ!!」



 爆発に反応した桜は振り向いた瞬間、爆風で飛んできた破片が頭に直撃して倒れる。その視界は桜が目を閉じたと同時に暗闇に。そして刈谷が町田に語るには、前もって『混沌』という言葉を使っていたほうが良かったほどに。



――ん!? 俺は今……どうしてる!?



 刈谷は四駆車で一人、山林に挟まれた道路を走行している。そしてゆっくり停止して状況を判断する。



――どういうことだ!? 俺は今……爆発が……今の時間は? 11:46……日付は……変わってない!! チーフに連絡……携帯は!? な、なんで俺は持ってない!?



 刈谷は困惑しながらも、爆発の起きる32分前である事を理解する。そして助手席に置いてある防護ウェアを確認する。



――これは……春日の状況じゃないのか? お、俺は……俺か?



 刈谷はバックミラーで自分の顔を確認する。つねったり、目を見開いたり、髪を上げたり。当たり前に自分の特長を確認する。



「はぁ?……良かった……俺だぁ……ハハッ! 馬鹿馬鹿しい」



 刈谷は自分であることに安堵し、この理解不能な出来事を見極めるため、急いで現場に向かう。



――12:05! 間に合った!



 刈谷の記憶の中で春日が到着した時間より12分早く、爆発が起きた時間に余裕を少しでも持ちたいがために急いだ刈谷は、早く桜に説明をしたかった。そして予想通りの場所で桜を見つける。刈谷がいない状態の一人きりで。そして防護ウェアを握り桜に駆け寄る。



「チ、チーフ! 今ぁ……俺ぇ」



「おい! お前今日から専任の春日だな!! 仕事ナメるんじゃないわよ!!」



「はぁ? チーフ何言って……いゃ……とりあえずチーフ! あと10分で建物は爆発します! すぐこれ着て下さい!」



「ん? 根拠あるのか?」



「説明は難しいです! ただお客様を確認するためにも一刻を争います! 急ぎましょう!」



 刈谷にとって理解が出来ない桜の認識。不可解な現象の元は、爆発に原因の発端があると感じた刈谷は原因の元を探るべく館に入る事を優先した。

 桜は刈谷の必死な表情を見て、刈谷から見ても半信半疑な雰囲気で、それでも足早に、防護服に着替えために車へ向かう。

 刈谷は爆発を警戒し、少し館より距離を開けて鉄柵の外側で着替える。そんな時、爆発の前に見た三階の窓の違和感あるカーテンの揺らぎを見る刈谷は、その揺らぐ隙間から刈谷を眺める人の気配を感じる。



――誰だ? お客様か?



 目を凝らしてもっと鮮明に人相を確かめたかった刈谷だった。けれど、その観察は刈谷自身がせかせた桜の言葉によって確かめられなかった。



「春日! 行くぞ!」



「え……は、はぃ」――見えないな……それに春日はどこだ



「いいか! 今日は契約解除の連絡が顧客よりあったから、半年の義務期間の説明が目的だった! けれど事態は変わった! まずはお客様の安全確保だ! 二次災害を恐れない事が、今の時代の私達の仕事に意義がある! 顧客の自殺行為を防ぎ! 建物から遠ざける! 携帯している拳銃は許可しない!! 引火の恐れがある!! そのために私たちは鍛えている!! あと15分以内に支所に連絡しなければ自動的に応援が来る!! わかったな!」



「了解です!」――先ずは今の仕事を片付けることだな。



 桜は通例的に、今から行う行動目的と、危険な可能性がある仕事を、あらかじめ理解してここにいることを言い放つ。

 他人を護る事の難しさ。



 入社したての職員は、顧客だけでなく、自分自身が危険に巻き込まる二次災害に躊躇し、突入直前に逃げ出す者も少なくない。

 常に覚悟と迅速さが必要な現場。その覚悟を既に抱いている二人は、まがまがしい雰囲気が隠しきれない建物の玄関をゆっくり開ける。



「ふぅ……息苦しいわね……思ったより広そうよ」



「チーフ……よく見ると、爆発物が入口に固まっています。火薬まで乱雑にまかれて……簡単な引火で発火しますね。俺は先に三階行きます! 時間がないんです!」



「わかったわ……刺激しないようにね」



 緊張感のある現場では、刈谷の癖のある話し方はなくなり、相手に伝わりやすい言葉になる。緊張感は桜にも伝わり、危険な業務に集中する。

 古い年代の建物。玄関のドアを開けると目の前に横幅の広めな屈折階段。

 階を上がるたびに、U字に階段への方向を変えるための踊り場がある。

 刈谷は音を沈め、自然と猫足(膝を落とし爪先を内側にした状態)の動きで、突然の事に構えながらも迅速に三階を目指す。

 一階を一部屋ずつ確認を始める桜はドアの開くきしみを気にしながら慎重に見回す。

 二階を表面だけ見回す刈谷。部屋は二つあるが、中は確認せず、三階への階段に足を進める。

 先急ぐ刈谷の胸中の複雑さ。刈谷を見て春日と呼ぶ桜。姿のない春日。爆発を起こした者。爆発によって時間がさかのぼった出来事。爆発物を設置して、ガソリンをまいた者。

 刈谷にとってわからない事ばかりのなか、唯一の手がかりは、三階に気配を感じた誰か。同じ事が起きる前に。今を理解するために。


作品名:シンクロニシティ 作家名:ェゼ