シンクロニシティ
目の前にバツの悪そうな田村を睨みながら思考する桜。田村へ能力を駆使して服従させて、自分の手足として動かそうと企むと同時に、もしも時間が戻った刹那には、本体の鈴村をこの世界で刈谷同様に存在を終わらせようと考える。本体であれば、二度と復活することの出来ないという不利な環境を利用して、今であれば本体の鈴村からの影響力におびえず、誰にも知られずに抹消できると。
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田村を前にしても緊迫感なく笑みが出てきそうな気分の桜は、その表情を殺しつつ、上司としての当たり前な指導をぶつける。
「この支所では集団自殺に追い込むような講習過程はないわ!! あなたたち! 田村の言葉は忘れなさい! そしてここで待ちなさい! 田村! ちょっと来なさい!」
職員からすれば叱咤されている自分たちの神。桜からすれば、すでに自分には誰も想像が出来ないほどの能力を身につけた神。その通じ合わない思考は桜には想像もつかないほど、田村のプライドという逆鱗に触れていた。
「皆!! 現れたぞ!! 我々の心を操り! 人類の未来を妨害する! 世界の元凶のひとりが!! 拘束しろ!!」
「おお!!」
「捕まえるんだ!!」
「正体を暴け!!」
18:14 モンストラス世界。支所裏口。
葉巻をふかしながら、そしてつかむ葉巻の中にあるカプセルの感触を確かめながらRの桜を待つ鈴村。再び沈む夕日を眺めながら疑念を拭えないでいた。
――Rの桜が裏切っていた場合、すぐに考えられることは、俺の抹殺。自分が神と認識した慢心から、すでに重要度が薄くなった俺への反逆。それは可能だ。人間である俺を殺すことは可能だろう。ならば、すぐにシンギュラリティ世界へリンクするカプセルを使うべきか。だが、まだファクターのメンバーの確信が持てていない。それが確認できればシンギュラリティ世界の『エンジニア』の力を借りて一時期はモンストラス世界を行き来できるだろう。次にRの桜が顔を見せる時に、その判断を……。
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Rの桜に対する疑念への対処。それは桜と同じタイミングで判断を下す紙一重な思考。油断を見せられない現状の立場は、いつ桜に狙われてもおかしくない立ち位置を悟られないように、警戒心をあらわにしないたたずまいで桜を待った。
Rの咲が知っているファクターのメンバー。そして、そのメンバーが密談していた内容を知る唯一の存在である咲の安否は、田村を相手に時間稼ぎをしている桜によって伸ばされている。
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田村との立会いの現状を知らない鈴村の目の前。すでに陽は落ちていたが、建物の影から近づく、ひとりの何者かが近づいているのがわかった。
「なんだ、ここにいたんだ」
悪寒がよぎる鈴村。その声はシンギュラリティ世界で聴いた声。馴れ馴れしくも感じるその声は、鈴村にとって桜よりも葉巻に巻かれた葉をねじり折る理由を強くした。その者は、言葉を返さない様子の鈴村へ、もう一言、言葉を投げた。
「今、ANYに聞いたよ。ねえ、やっぱりお前、邪魔かもしれない……シンクロ」
18:15 モンストラス世界。職員研修室。
田村の率いる職員に囲まれたRの桜。明らかなチーフである桜に対しての謀反をあらわにした田村に対して、拳銃を構えながらどのような方法でこの場を治めるか考える。
――ハッ……面倒ね。どうする? どこかに飛ばす? 撃つ? 私が飛ぶ? 選択肢がありすぎるわ。でも、ここでこいつらを飛ばしたら、私の能力を知られる可能性がある! それなら……。
「撃たせるな! チーフを止めろ!」
自分の頭に拳銃を向ける桜。その瞬間、桜の影が四次元を浮遊する。20本の手が桜に近づく中、田村より後方で、目覚めてもいない、この世界を理解していない、どうして良いかわからずにたじろいでいる職員の目の前に桜の影が立つ。
「田村……また近いうちに会うだろう」
桜の持つ拳銃の引き金は引かれなかった。桜の影は、誰も注目していない職員の口を塞ぎながら、その職員の持つ拳銃を奪い、胸に当て、引き金を引いた。その拳銃の衝撃の反響音を、桜の拳銃ではないとは、誰も思わなかった。撃たれた職員は再び新しい世界には目覚めなかった。自分を傷つけるリスクを負わず、職員をひと時殺める罪悪感もなく、緊張もなく、鈴村へ出会っても時間を稼ぐ理由を持ったまま、時間をさかのぼる。
「お前ら、俺は見えた……この世界の敵が! 水谷桜!! チーフをさらえ!! その先に我々の進む道が見える!!!!」
「おおー!!」
「俺も見たぞ!!」
「覚えてる! やはり俺は目覚めたー!!」
18:10 モンストラス世界。支所内廊下。
すでにRの桜と鈴村が別れた直後の立ち位置。桜は職員研修室へ向かう途中の廊下にデジャヴュすると、すぐに振り返り、田村の謀反という大義名分を持って鈴村の元へ走り出す。
――これで車や地図に近づけなくなった理由を作れた。体力の回復を理由に時間を少し作って、鈴村を……暗殺する!
支所の裏口へ走り向かうRの桜。その走りは職員研修室から逃げる姿を思わせながらも、顔は笑みで歪んでいた。
裏口のドアが見える。そして勢いよくドアを開けた。それはほんの一瞬だった。鈴村が七色の光に包まれて、このモンストラス世界から消える直前の姿。
「え! か、管轄!!」
鈴村も、Rの桜が勢いよく支所の裏口から出てくる瞬間だけは確認していた。そしてお互いがまばたきをした一瞬、桜の前から鈴村は消えた。
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18:42 シンギュラリティ世界。海岸沿いの森林。
春日雄二の姿をした者の誘導により車で走行する咲。ほとんど車の進行方向を見ていない男は導かれるように「こっちです」「あっちです」という声と顔の向きで意思を咲へ伝える。
「ここ、もう進めないわぁ! どうするの?」
「お、降ります」
車の鍵も解除せずに何度もドアのノブを引っ張るように開けようとする。それを見た咲は軽くため息をつくとすぐに作ったような笑顔で後部座席に振り向き、思いを伝えた。
「もう! わかったわよ! 一緒に行くから! 雄二とそっくりな怪我人をひとりで行かせられるわけないでしょ!」
そのように言葉を伝えると、男からの答えを待たずにドアの鍵を解除して、後部座席のドアを外から開けるために運転席から出る。
「だいじょうぶ……です。ありがとう……ござい……ました」
自分でドアを開け、咲に目も合わさずに森林の中に進む男。咲も放っておく事が出来ない。後ろからついて行くように、森林へ入っていく。