シンクロニシティ
「これってぇ……自殺者が出ない事に関係してないんすかねぇ……ていうか、前にも言いましたけどぉ、俺にとっては今朝も含めて毎日がぁ」
刈谷の抽象的な疑念に、桜は非現実的な現象への思考を遮断する。
「刈谷! お前が感じた事は誰にも言うな!」
「言わないですよぉ……ていうか説明出来ないですよぉ……頭おかしいみたいでぇ」
「わかっているならいい……きっと緊急事態で頭が働いただけよ! スポーツ選手にはよくある話」
「野球のバッターが球が止まって見えるような……ですかぁ? まぁ、結果オーライですよぉ! 現場に戻りますねぇ」
「そうして! 無事で良かったわ……私は所長に報告する」
桜は刈谷に背中を向け所長室に向かう。
刈谷は桜の姿が見えなくなるのを見送ると、トラックの衝突により形が無くなった玄関に向かう。
「あ~ぁ……これはぁ叱られるだけじゃ済まないだろうなぁ……チーフ」
白に美しく彩られたはずだったエントランスの変わり果てた風景に、爆発により人工造花の桜が散らばった玄関に、刈谷は溜息を残し支所を後にする。
その頃所長室に到着した桜は体にまとわりついたほこりを軽くはたき、落ち着いたテンポで二度ドアをノックする。
「失礼します!」
桜は室内に踏み入れるが、室内は誰の気配も感じない。桜は所内騒動の現場なのかと思考する。
その頃刈谷は専任先に向かうため、駐車場で車に乗り込もうとする。
「刈谷!」
「あ! 町田所長ー! お疲れ様です! あの……支所が」
刈谷が車に乗り込む瞬間、所長の町田が止めるように声を掛ける。それは刈谷にとっては慣れたタイミングであり、違和感なく町田の声に反応する。
「あぁ……散々な状態だな。本部への申し開きを考えなきゃだな……あの連行された男は契約希望者なのか?」
「あ……はぃ……水谷チーフの判断で審査に通らなかったのでぇ……基本説明した後断った様です。ですがぁ……その憤怒にしては行き過ぎてるとぉ……俺は思いますがねぇ」
「そうか……それで、今日の桜の様子は?」
桜の様子を確認する町田。それがいつもの報告と思える雰囲気で自然と刈谷に尋ねる。
そんな刈谷も素直に報告する。
「俺の見た限りではぁ、適切以上の判断力があるように見えますねぇ……ただ」
「ただ?」
「やはりちょうど半年前の専任道連れ……いゃ……巻き込まれ事件が引っ掛かりぃ……審査を厳しくしてるとは感じますがぁ」
半年前の話を持ち出す時、無意識か、町田は刈谷にゆっくり背中を向ける事が多い。おそらく桜の様子を報告するようになったきっかけ。大抵町田はその時の話を聞くと簡単な相づちを返す程度である。
「そうか」
「一種の……記憶障害ですか……ね」
「わからんが……とりあえず謹慎10日と減給ってとこかな」
「え、水谷チーフに責任あるんですかねぇ」
「今回の事を本部に報告しなきゃだろう? そうすると誰の責任か追求される前に、即処分出した方が桜の為じゃないか?」
「まぁ……そうですねぇ」
「しかし、その事件以降かな……死亡者が現れないのは」
体を向き直して刈谷に再び振り向く町田。町田にとっては珍しく半年前の話を持ち出す内容。それは今朝のような自殺未遂者の増加のせいか。そして、その自殺者の体験した不可思議な現象のせいか。
思い出したのは自殺希望者が目的を果たせなくなった頃の出来事。それは刈谷が普段、町田に簡単に伝えていた出来事。
時折町田から深く聞こうとすると、刈谷は口を閉ざすか言葉をにごしていた。ただ今日の出来事を桜と体験したこともひっかかり、刈谷にとっても理解者を増やしたい心境もあった。
「はい……チーフの視点で俺・が・死・ん・だ・以降……ですかねぇ」