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シンクロニシティ

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【ZONE】 スペックスローモーション



 15:38

「トラック!」

 刈谷はトラックが建物に衝突し、人工樹木を引きずりながら所内に侵入してきた事を確認しつつ、目の前の女性スタッフを飛散するガラスの雨から護ろうと思考する瞬間、刈谷は『現象』を目の当たりにする。

――なんだ!? これは!!

 それは刈谷にとって理解を超えた現象であったが、理解するのに十分な空間でもある。

――止まってるのか!? いや……ゆっくりだが動いてる! このガラスの破片……行き着く先の軌道! だ……だけど俺が早く動ける訳でもない! 意識だけがこの空間を理解している! 音までも!

 刈谷の回りにある無数の破片、耳鳴りのような音響の中、刈谷は破片を払いのける手が簡単に動かない。
 そして驚愕した表情で横に倒れようとする女性を抱き抱えようとする。
 あまりにも緩やかな空間。通常の何十倍にも感じる動くまでの時間。膨大に考えて行動できる思考時間。

 簡単に首も回せず、簡単に目も動かせないが、目に映る危険に対してだけを考えられ、散らばるガラスの様子から最悪な状況までにおちいるタイミングも感じられる。

――だ! 駄目だ! 彼女の頭の後ろに向かおうとする大きな破片! このまま抱き抱える前に彼女の頭に直撃する! そして、この現象はこの子には見えてないって顔だ! 俺を見ない! 何が起きているんだ? 俺だけか? 無駄に時間がある。もう一分近く経つか? この一瞬の事だけに!

 厚みのある硬化ガラスが、おそらく倒れずに女性にとって危険な位置でとどまる様子に見える。予想通りに先端を尖らせて女性の後ろにそびえる。
 刈谷の意識は先走るが、体は他の物体と変わらない為にもどかしい。そんなもどかしい表情を浮かべるのも時間が掛かるため、表情は端正に。しわ一つよせるであろう感情は頭の中で終わらせ、目の前の女性に集中する。

――駄目だ! 刺さる! 刺さる! どうする! 深く刺さらないために! 彼女を持ち上げるか! ガラスを蹴るか! 何かガラスに投げるか!

 すでにガラスに刺さるであろう女性の倒れる角度を考え、被害最小限にするために倒れる先を読み、体の向きを変える試みの最中、危険な角度に待ち受けていた大きなガラスが突然、一方からの力によりゆっくり破壊される。

――チーフ!

 破壊されたと思われる軌道の先には異常事態に即反応した桜が刈谷と受付の女性の緊急事態に反応できていた。その刈谷の行動を察し、拳銃により発砲していた。
 そして現象は終わる。

「がああ!」

「キャア!?」

 刈谷は素早く女性を抱えると体を反転させ女性の下敷きとなる。

「チーフ!!」

「刈谷!! トラックだ!」

「はい! 君はすぐにあっちに逃げろ!!」

「はぁぁぁ!」

 トラックが向かえないと思える先に刈谷の指で示す。
 女性スタッフは周りを見る余裕もなく走る。
 トラックは刈谷の真横を暴走しながらタイヤの向きが桜の方向に向き、付近の物を弾き飛ばしながら暴走する。

「この!」

 即走り出す刈谷はトラックの助手席側のサイドミラーに飛び付く。そして運転する男を確認する。
 そこには先ほど桜に契約を断られた男が柳刃包丁を助手席に置き、目に力を込め、歯に力が入っていると感じさせるほど固い顔をして桜を睨んでいた。

「この! ば……バカヤロウがぁ!」

 刈谷は両手で頑丈なサイドミラーをしっかり握り、左足をフロントガラスで踏ん張り、足のつま先を自分の頭の上に近づけ、爪先とかかとに鉛を仕込んだ靴で窓をかかとで蹴り割る。
 その無茶な身体能力に凶行を強いる男は桜を見る余裕がなくなり、刈谷を警戒する。

「く、来るなーー!」

 男は上着をめくり、山林開拓用かと思えるダイナマイトを見せる。そして一瞬ハンドルから手を離し、ライターを胸のポケットから取り出すと、短い導火線に火を付けた。

「バ! カ!!」

 その瞬間、また見える世界の動きが変わる。

――またか!?

 スローモーション現象とも言えるゾーンの世界に、刈谷は今最善と思える事を判断しトラックに乗り込む。

――間に合うか!?

 男は刈谷が車に入ったと同時に柳刃包丁を握り威嚇するが、ゾーン空間の中、意識のある刈谷は包丁の軌道を読み取り、簡単に奪い、体からダイナマイトを切り離す。導火線は既に指でつまめないほどの状態で消すことが出来ない。
 刈谷は被害を最小限にするため、柳刃包丁で滑らせるようにダイナマイトを切断しようとするが、おそらく一瞬だけ本音を表した微表情だったのだろうが、その男の顔はこの空間の中、はっきりと笑みに見えたため、切断を躊躇する。

――これは……お手製……この感触! まさか、原液のニトログリセリンか!? 外に! 無理か!?

 もしも原液であれば、明らかな接触や熱で簡単に爆発する代物。
 車の室内にいる刈谷にとって、この永い思考時間にあっても、間に合う手段が見つからない絶命覚悟の最中、運転席側の窓がゆっくり割れる。そこには拳銃で叩き割った黒い袖の手が見える。

――チーフ!

 刈谷は振動を与えるだけで今にも発火しそうな不安定なダイナマイトを、肘を曲げて投げる時間も短縮する様に、手の甲側で撥ねるように窓の外に向かって飛ばす。

――チーフ! 先端が発火! 無理だ!

――刈谷、正解よ!

 桜は既に爆発の秒読みも終えたダイナマイトを窓の外から右手を伸ばし、掴み、自分を中心に右に振り向き、遠心力で広い建物の高い位置に投げる。
 ダイナマイトはゆっくりと火の塊となり、ボール状のエネルギーが弾ける。
 桜はその衝撃に備えて低く構える。
 そして現象は終わる。

「わはははは! 死んだ! 死んだ! 死ん……え……ぎゃあ!!」

 目線で起きた一秒の出来事に思考が追いつかない凶行の男は叫ぶ余裕のある距離での爆発に混乱する。
 そして想像以上の爆発に回りのガラスは全て割れ、付近のインテリアは弾け飛ぶ。

「う! うわあああ! 何なんだあ! お前らは!?」

 刈谷はサイドブレーキを掛けると、余裕を取り戻し男に語る。

「はぃ~……明らかなぁ、諸々のぉ、事件の現行犯としてぇ、逮捕権行使してぇ……あなたを逮捕しますねぇ~」

 桜や刈谷にとっても現実味のない、余りの一瞬の出来事に、特に抵抗もしようとも、抵抗出来ないとも感じた男は言葉を失い、刈谷の取り出した手錠に素直に拘束される。

「水谷チーフ! か、刈谷さん! 大丈夫ですか!?」

「だ! 大丈夫だ! この男を連行してくれ!」

 激しい爆音に職員がすぐに集まる。
 既に手錠を掛けられている男は抵抗することもなく、職員により連行される。
 刈谷は苦い顔とはにかむ顔を交差させながら桜に近付く。

「ごほっ! ごほっ! 助かりましたぁ! 水谷チーフぅ! それでぇ……きっと……見えてましたよねぇ……さっきの現象」

 ちりやほこりの舞う所内。
 黒いジャケットや髪に降りかかったほこりを払い、頭を掻きながら上目遣いで桜を見る刈谷。その目の先には普段は見せない考え込む桜の表情がうかがえる。
 刈谷の言葉に即答しない桜の沈黙に刈谷は続けて話し出す。
作品名:シンクロニシティ 作家名:ェゼ