シンクロニシティ
【神隠し】 多重する意識同期は別世界からの悪戯
16:58 モンストラス世界。本部会議会場。
管轄秘書から急遽連絡を受けた各機関の重役。世界に違和感を覚える一般人も含める数百人が会場に集まっている。簡易的な折りたたみの椅子を碁盤の目に並べられた会場は、職員の誘導により前から順に埋められていく。その入り具合を見た管轄秘書は緞帳幕の裏に控える鈴村へ声を掛ける。
「管轄! 間もなく始まりますが準備は宜しいですか?」
「すぐ戻る」
「え!? もう始まりますが……では進行の順番を変え……」
「問題ない……五分程度だ」
「わかりました。あと、お伝えそびれてましたが、先ほど支所で起きた事件の詳細が届いておりました」
「わかった。目を通しておく」
渡された資料を眺めながら、鈴村は控室付近の裏口から外へ出る。
ひと気のない裏口周辺。樹木が立ち並ぶ周辺には一見すると誰の気配もなく、そして外に出た理由を見せない鈴村は、手元の資料を眺めながら静かにたたずむ。すると樹木の裏側から静かに体を半分出してきた人物。それは命令を受けて先に外へ出て待機していた鈴村のZOMBIE。それをわかっていて命令をした人間の鈴村も自然と近づき、すれ違いならが一言伝える。
「任せたぞ」
「わかりました」
すれ違った鈴村二人。ZOMBIEは会場の裏口から入館し、本体が目線を伸ばす先には社用の車が並んでいる。
――まずは支所に向かい、刈谷の様子を探る。ん?……な!! なんだ!? このクオリアは!
これからの展開を想像した鈴村におきた異変。突然身体にまとわり付くような違和感を感じる。それは形容の難しい感覚質であり、痛みがあるわけでもなく、それでいて優しさも感じない。まるで自分に吸い込まれるような感覚。目に映る景色が見えているのか、見えていないのかも錯覚させられていそうな強制的な違和感の瞬間、今まで目にしていた風景は一転する。最初に聴こえたのは銃声だった。
――こ、ここは……銃声……どこだ。
固い壁に囲まれた階段の踊り場に立つ鈴村。顔を動かせばすぐに外を眺められる窓があることに気づき、地面との高さから一階ではないことがわかる。鈴村がどこの建物かと意識ながら聴こえた銃声に反応し、建物の窓から地上を眺める。
――ここは……支所か! あいつは……刈谷。なぜ、刈谷の姿のままだ……多勢な職員に水谷……何が起きている。
17:02 モンストラス世界。支所駐車場。
職員に囲まれた刈谷と、一定の距離を空けて説得しようとしている町田の姿。それは自分の事を刈谷と訴える春日と認識されている者。
「俺が刈谷だー!!」
「すぐに春日を拘束しろ! 容赦するな!!」
「ふっ! ざけんな!! あああー!!」
響く銃声。刈谷は手錠を掛けられた両手が握った拳銃で空を撃つ。その瞬間に、すぐ近くの建物の内部に現れた鈴村。窓から眺めた光景と同時にうろたえる刈谷の姿があり、刈谷に面と向かって立ち並ぶ職員の真ん中に軽蔑の意味を表現したような口角を上げた桜の姿がある。
「近付くなー!!」
――フフ……刈谷……どうする? 私が半年間監視してわかった事、あなたは間違いなくR! 不安因子とされる私と管轄は気配を消し、あなたは心神喪失な目で見られてる……フフ……きっとこちらのRである管轄は、Rとしての私の存在を、シンギュラリティ世界にリンクするために準備をしてるはず。もう十分待ったわ。もしもRの管轄が裏切れば、私がこの世界の真実を混乱と共に広める。今、刈谷が逃亡でもすれば、ファクターは刈谷だと言っても納得するはず。あぁ……春日としてだったわね。けれど、シンギュラリティ世界の本体の管轄はどうなってる? 上手く丸め込んだか、殺害したか、けれど会っていない人間のことなんかわからないわ。ここのどこかに現れでもすれば、私の手で闇に葬る。その前にまずは、目の前で混乱した心神喪失気味の刈谷の始末ね。
直接会ったこともない人間の鈴村の事を強く考えながらも目の前にいる邪魔者である刈谷との距離を縮めたい桜。威嚇をしながら刈谷は車に近付き、背中をドアに付け乗り込もうとする。そんな時、刈谷の目に止まるものがある。
――色! 景色……なぜ今共感覚が!?
刈谷の泳ぐ目と同時に桜は眉間にしわを寄せる。それはまるで刈谷の目線の先に見えるものを目で追うようである。そして町田は刈谷の後ろに目線を向ける。刈谷が背をあてる車に飛び乗る音。それはあまりにも静かな着地であり、気づくのが遅れた刈谷以外の者は、全て刈谷から目線を外すほどであった。
「誰だ!」
建物の二階から飛び降りてきた鈴村は、叫ぶ刈谷が振り向くと同時に拳銃を蹴り、喉を叩く。
「がは! !」
「拘束しろ!」
「う゛っぐぞ! は! 離せ゛ー!」
町田の声と同時に、数人の職員に取り押さえられた刈谷は拘束され、社用の護送車に向かって運ばれる。
「管轄! 本部から来られてたんですか!」
葉巻を取り出し、火をつける鈴村。そのわずかな時間に鈴村は考えたかった。
鈴村からすれば緊急事態に対応しただけであったが、自分がここに突然現れた理由や、春日でなく、刈谷の姿をした存在の意味を頭で整理するべく、ほんのひと時考えたいため、葉巻に火をつけ、一息するまでは声は発さずにすみそうな、ほんの数秒に状況を整理したかった。
「ふぅ~。町田……あの刈谷と名乗る春日雄二を、この半年間監視して何かわかったのか?」
「本人から聞いた限りは掴みどころのない話ばかりでした……ただ」
「ただ?」
「今起きているこの不死現象のヒントがあるかと感じたのですが、その本人『加藤達哉』の消息が在りません」
「あの春日は会ったと言っているのか?」
「はい……けれどあの建物の地下には誰の気配もありませんでした。恐らく加藤達哉は爆発で吹き飛んだものと思われます」
「ボイスレコーダーには残したか?」
「はい! これです」
――基本的な業務方法は同じだな。町田も顔と名前は一致し、『シンギュラリティ世界と同様に』、仕事に忠実で機転もきく人間だろう。水谷と刈谷の様子から、半年前の頃から認識が変わって、今になって春日であるという事を告げられ、混乱した刈谷を拘束したというところだろう。
整理した考えが的を得ていた事に話のつじつまを合わせられた鈴村。町田から静かにボイスレコーダーを受け取ると胸のポケットにしまう。
「後で聴いておく……水谷!」
「はい!」
「お前はあの建物には春日以外は居なかったんだな?」
「はい! 間違いありません!」
自信を持って鈴村へ答える桜。その言葉だけであれば、疑う者はいないと感じるほどの真っ直ぐな言葉。それだけに言葉を用意していたとも勘ぐってしまう鈴村。
「じゃあ刈谷恭介とは……どこから現れた名前だ?」
「架空……としか申し上げられません!」
「わかった! 順次専任を交代させ顧客を護るように!」