シンクロニシティ
――『惑星』。成功したのはこの一つだけ。シンギュラリティ世界の限界が来る前にモンストラス世界を発展させ、シンギュラリティ世界の人類全てを移住させなければ。新天地へのファクターを排除し、この世界の機能を持ち込む為には……モンストラス世界が同じ進歩を果たさなくては。だが……まだシンギュラリティ世界のANYが作られるような特異点が起きない。それはmonstrous時代により人口減少による発展の失速。フェムという能力が生存のためにもたらした、能力を有する者だけが生き残るための進化。皮肉にもその能力は『Rを排除する事こそが能力が生存できる』という進化になったがな。
モンストラス世界を第二のシンギュラリティ世界と考える鈴村。
人類の平和には、人口増加が必要と考えられる経済的な惑星であるシンギュラリティ世界。
人類の平和には、限られた数の人口だけが必要と考えられる生存的な惑星であるモンストラス世界。
惑星の優先度は、モンストラス世界を作り上げたシンギュラリティ世界の都合が優先である。いくつもの惑星を作り上げることで、シンギュラリティ世界の人口がどれだけ増加しても、モンストラス世界のような移住可能な惑星を無限に作ることで、人類の平和を永遠にすることが鈴村の使命である。
鈴村は、この小さすぎて、目前には巨大すぎる惑星への期待を考えるたびに、鈴村の決意と信念を思い出させてくれる夢の国である。轟音は生きている証であり、その反響する音は、ひと時の雑念をかき消す神聖なものでもあった。
気配に気づかないほどの。
「モンストラス世界は……失敗だ」
「な!? 誰だ!!」
鈴村の後ろから、神聖なひと時を壊される雑念の声。体ごと振り返り一歩下がって警戒する鈴村。そこには、エレベーター前の壁に背中をつけて横目で鈴村を見る、居るはずのない人物がたたずんでいた。ライトがいくつも照らされている空間ではあるが、薄暗く、影に入っている男。それでも目の前にいる鈴村には、男の表情は確認できている。
「まさか……どうなってる!? なぜ入る事が出来た!? お前は……」
「入る事が出来た? 三日前からいたんだよ……管轄」
「三日前?」
理解が出来ない。そして知っている者への出会いに戸惑う鈴村。さらに理解できないことは、自分以外に伝えた言葉である。
「リトルANY……リンク……鈴村和明……モンストラス世界」
<リンク-鈴村和明-了解>
その男が発する言葉にリトルANYは反応する。壁から現れたリンクの筒が、ソースである鈴村を取り囲む。それはモンストラス世界へリンクさせるための準備。なぜこの男がリトルANYを作動させることが出来るのか。そして、この空間で三日間の滞在の理由と、滞在自体の可能性の難しさと、目の前の男は、居るはずのない人物だということに鈴村は動揺を隠せないのか、取り押さえることも躊躇している。
「ばかな!? 何故作動する!! リトルANY!! 解除だ!!」
「鈴村……命令にも優先順位があるからな」
「優先だと!?」
「リトルANY……鈴村和明……リンク時にEMPだ」
<鈴村和明-EMP-了解>
「何が目的だ!! か……」
「君は自分の夢の国で、夢を見るがいい」
名前を叫ぶ前に強制リンクされる鈴村。同時にEMPを放射されたことにより、鈴村がシンギュラリティ世界に戻る可能性を失わせた。男は鈴村の気配が消えた事で、次の指示をだす。
「リトルANY。全惑星……強制進化に対応する準備をせよ」
<全惑星-進化準備-了解>
全ての惑星が、サビが極度にこすれたような重さでゆっくりと摩擦の味をだしながら、更なる轟音を響かせ、モンストラス世界同様に発達可能の準備を開始する。
「後は……見届けるだけだな。どうなるか見物だ」
男は専用エレベーターに乗り込む。
「リトルANY……俺が昇ったあと、エレベーターの扉はロックしろ。誰も利用させるな」
<ロック-了解>
◆◆◆
14:22 モンストラス世界。加藤達哉の館。
「水谷チーフ!! コーヒーです!! お疲れ様です!! 一息ついて下さい!!」
「ありがとう……」
先の展開を考え込んでいたRの桜。耳に響く声で元気に語りかける田崎の気配りでコーヒーが入ったカップを見ようともせず受け取ろうとする。
「あ!」
受け取ろうとした桜は手を滑らせ、カップを落とす。次々に増員されて瓦礫の撤去に取り掛かっている職員の数にひとりひとり気にかける事も難しくなり、職員が何かを発見する報告を待つような状態。そこに加藤達哉の骸はあるのか。桜にとって都合の悪い何かが埋まっていないか。色々な可能性を払拭する手段を考察する桜にとって、落ち着ききれない心境があった。
「すまない……折角の気遣い。落としてしまって……代わりは平気よ」
「え? 何のことでしょうか?」
「え!?」
「必要でしたら、飲み終わった後にまたお持ちしますね!」
「い……今……」
その瞬間の違和感に小さな疑念が生まれた桜。その時、ちょうど車のエンジンを始動させて、瓦礫の館よりRの春日の肉体を運ぶために車が出ようとしていた。桜は『手に持っている』カップを置き、車に向かって走り出す。
「待って!!」
「はい?」
「死体を確認させて!」
「死体……ですか?」
車の後部を開き、そこに乗っている物体を確認する桜。そこには振動を圧縮するためのスポンジを詰め込んだ、両手で抱えられるくらいの頑丈な箱がいくつも積んであった。桜の想像していた春日の死体が積んでいる形跡もなく、突然起こった違和感に今の状態を整理したかった。
「な、ない……」
「チーフ! 今積んだのは、不発だった爆弾を処理した物を運ぶところでしたので……死体などは」
――やはりデジャヴュが起きた……『落ちたはず』のカップは『落ちてなかった』。
ほんの一瞬、カップを落としたと感じる一瞬のタイミングで、世界の認識が変わっていた。大きく時間がさかのぼらないデジャヴュに、ほんのわずかな変化で職員全員の認識が変わったのだと思えることに、この場ではわからない何かがシンギュラリティ世界で起きているのではないかと考える桜の元に、刈谷が駆けつけてくる。
「チーフ!」
「なんだ……刈谷」
「刈谷? 春日さんですよね……」
桜に聞こえる程度の声で、職員が困惑な目で桜と刈谷を見るが、桜はその問いに反応を見せない。
桜は刈谷には報告書をすぐに書くよう指示を出していた。記憶が新しいうちに綿密な報告書を仕上げているうちに、加藤達哉の死体は大人数で捜索するという流れ。細かい内容で書かれた報告書は、後に刈谷を精神疾患で失脚させる材料にしたいとも考えていた。